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笹村 出-自給農業の記録-

湿地回復

      2025/08/27

 

「湿地回復」と言う言葉が朝日新聞に出ていた。あまりに、良い表題言葉なので冒頭で使わせていただいた。確かに湿地は回復しなければならない。湿地は埋め立てられて道路になり、工場地帯になり、住宅地が広がっている。生きている間にこれほど失われたものは他には無いだろう。

私にはそもそも失地回復の方が大切である。何度だって失敗する。失敗するから分かることばかりだ。失地回復が信条と言っても良いくらいだ。良いものに至るためには失敗を怖れて居ては難しい。ひこばえ農法は4回目の正直で何とか見えてきた。大豆栽培の方は4回目の挑戦をしているところだ。

湿地の定義は、「沼沢地、湿原、泥炭地または水域をいい、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」つまり、ライフワークである好きな田んぼも湿地である。田んぼの中が微生物の宝庫になる。田んぼも溜め池もラムサール条約で守るべき場所とされている。

水田やため池、サンゴ礁の浅海、河川敷や干潟も環境を守るために重要な「湿地」と考えられる。浅く水がある場所は生物相が豊かな場所になる。太陽光が水という層をとおして当たるために、生き物には緩和され利用されやすくなる。水中には多様な生き物が誕生する。たぶん生物はこうした環境で生まれたものだろう。

水田の素晴らしいところは、その湿地と言う生き物の満ちあふれた場所の特性を生かしながら、食料の生産場所になることである。しかも何万年もの間、食料生産基地としてその環境を維持することが、可能だったのだ。日本人は湿地から生まれた民族とも言えるぐらいだ。

こんな素晴らしい食料生産方法は他には無い。水が関与することで、お米という主食の生産をたぶん数万年という単位で、同じ場所で継続して可能だったという水田という場所になった。水田は東洋文明の基礎的要素になったと言える。日本は自らを、豊葦原の瑞穂の国と名乗った。

食料生産の場の永続性が、生物多様性の場である調和。この幸せ名食料生産法は他には無い。他の食料生産法は大なり小なり、地球環境に悪影響を与えている。そのために永続性が無い。もしプランテーション農業に稲作であったならば、近代の歴史は違っていたはずだ。

田んぼが温暖化の原因になっているという、話が出ている。それは化学肥料を利用した慣行農法の問題である。化学肥料は明らかに、温暖化物質を吐き出す。自然農法の田んぼでメタンガスが湧き、温暖化につながるという見方があるが、これは見方が一面的なだけだ。

良い稲作を行えば、そのようなことはあり得ない。メタンが湧くような田んぼではイネは枯れてしまう。またそもそも湿地というもの自体が、メタンガスを発生する部分もある。湿地にも多様性がある。その総合が湿地であり、ラムサール条約は守るべきものと決めたのだ。

田んぼに濡れ衣を着せるな。田んぼは湿地であり、生物多様性の重要な場所である。その上に、主食の生産場所なのだ。人類に未来があるとすれば、人類がお米を食べる人になる必要がある。イネ作りを行う田んぼほど素晴らし食物の生産場所は無い。何万年も連作できる方法は今の所他には無い。

だから、自分はどうも朝食はパンが良いと言うなら米粉パン。昼食はうどんが良いならば、ビーフンのうどん。夜は食事を食べるならば、ご飯食。地球を守りたいと考える人は、3食お米を食べる必要がある。好きとか嫌いとかの問題では無い。そうしなければ、地球が人の住めない場所になる。

最近水田は温暖化ガスを発生しているから、環境に悪いなどと言う迷惑千万な情報が流されていた。全く科学を無視した、エセ科学情報である。確かに水田ではメタンが湧く。メタンが湧けばお米は取れない。良い水田はメタンが湧かない田んぼである。そのための農法は昔から様々考えられてきた。

水田での農法幅広い。やり方次第ではメタン発生は減らせる。光合成細菌のような酸素を発生する菌の利用も良い。流し水栽培を行い、酸素を含んだ水の縦浸透を大きくする。浮き草などで酸素の発生させることも出来る。そして抑草効果と二酸化炭素の吸着。そもそもメタンが湧く田んぼは、稲作にとって問題な土壌なのだ。

人間活動に由来するメタンの約11%が水田から発生している。水田においてメタンが発生する理由としては、イネの生育に従って根からの酸素吸収量が多くなり湛水状態が続くと、土壌中が酸欠状態となり夏場の高温も重なりメタン生成菌が活発に働く状態になる為に起こる。しかし、それは稲作にとって悪いことなのだ。

田んぼでのイネ作りは、CO2の「吸収」が可能でもあるし、同時に、確かにメタンを発生させるものでもある。特に化学肥料を使うと言うことは、化学肥料に含まれる亜酸化窒素(N2O)が、二酸化炭素の約300倍もの温室効果を持つため、確かに環境破壊を進めることになる。

一概に水田が温暖化を進めているなどと考えてはならない。全体で考えれば、配慮された水田は温暖化を抑止している。水面があることで、水田から水蒸気が蒸散している。同時に水田の水は地下に浸透し、地下水を増やしている。水田は環境が極端化しないための緩衝材の役割をしている。

湿地には大量の植物が繁茂する。その植物は炭素固定をしているのだ。そうして今利用している大量な化石燃料になっている。環境省では湿地を再生するメリットを7つも上げている。しかし、残念なことにここに水田として食料生産を行うという項目が無い。

「湿地は、湖や川、地下の帯水層、沼地、湿原、湿性草原、泥炭地、オアシス、河口、三角州、干潟、マングローブなどの淡水生態系、海洋生態系、および沿岸生態系で構成されています。」この環境省の説明には水田が無い。何故無いのだろうか。ラムサール条約では含んでいるにもかかわらずだ。

さらに、「これらは、地球上で最も生産性の高い生態系として挙げられ、多くの貴重な物やサービスを提供しています。持続的に経営されたマングローブやその他の沿岸湿地は、何百万人もの沿岸にすむ人々の生活を支え、地球規模で大量の炭素を貯蔵し、高潮やその他の気候上の脅威に対する沿岸地域の脆弱性を軽減しています。」とまで書いているにもかかわらず、人類の食料生産の場である水田を加えない。

環境関係者には水田として存在する湿地は、環境要因に見えないのだ。どうも環境原理主義が紛れ込んでいる気がする。きっと環境原理主義者の中には、水田は悪いものだから、湿地に戻せなどという馬鹿げた思想の持ち主もいるのでは無いだろうか。そんなだから湿地は失われ続けるのでは無いか。

湿地が生産の場であることを重視すべきだ。その視点があれば当然水田の意味が違って見えるはずだ。生産と自然環境の調和が重要なのだ。天然の手つかずのものだけが環境では無い。人間が生きて行くには、ものを生産して食べなければならない。手つかずの自然だけを価値あるものとしているのであれば、人類は飢餓で消滅する。

手つかずの自然は偶然の産物だ。水田は人間が作り上げた最も優れた自然に準じた環境と考える必要がある。日本の環境省以外は水田を大切な自然環境と考えて、守るべきものとしている。環境を守り、人間の暮らしを守るためには「環境を豊かにする水田」という発想を持つ必要がある。

そして、環境省が先頭になり、農薬や化学肥料の削減を、推進しなければならない。まず環境原理主義を捨てることだ。メタンの発生を抑える水田農法を広めて行かなければならない。自分たちの手には負えないと考え、触れないで置くというのはあまりに視野が狭いと言うほか無い。

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