水彩人展 第27回展 開催
水彩人展を開催します。27回目になります。上野の東京都美術館です。ぜひごご覧ください。100名を超える水彩画を描く仲間の絵を陳列します。私は4点の「海の話」という中判全紙の絵を陳列します。
27回展です。水彩人を始めたおかげで良い絵の仲間ができて、少しは前進することができています。76歳になり、絵の仲間が100人もいるという、ことは本当に素晴らしいことだと思います。より良い水彩人になるよう、努力します。
9月10日と12日9時30分から「絵を語る会」を行います。水彩人展の会場です。どなたでも見て頂けますので、ぜひとも参加してください。絵を語るとしても、聞いてくれる人がいなければ、成り立ちません。作者への質問も自由です。
絵を語る会は作者が自分の絵を自覚する場です。なぜ自分がこの絵を描いたのか。そしてここに何故展示しているのか。そうした絵にまつわる自分の行為を、意識化することで、自分の絵をわずかでも進めようという集まりです。水彩人展の仲間で「絵を語る会」を継続しています。
以前は一日画廊をお借りして、絵を展示して絵のことを語りあう会でした。それを、本展でも開いてほしいということで、語る会を本展でも行うようになりました。その一方で、コロナの流行を機に画廊での開催は休止になっています。
絵を深めることは極めて難しいことです。ほとんどの人が、年齢とともに停滞し、衰退を始めます。過去の大勢の画家と称する人の絵を見ても、若いうちが一番いいという人が大半と言ってもいいと思います。
その理由は、はっきりしていると思います。若いうちは世界は新鮮で、感性が驚きを持って反応している。その反応がえになる。ところが年齢とともに、感性は衰えるまた陳腐化する。年を重ねて絵が良くなる人は、自己探求の天才なのだと思う。
絵とは何かを問い続けることができるのだと思う。そして、過去の自分の絵を否定し、乗り越えることできるのだと思う。自分の絵を否定するためには、自分の絵を自覚することが出来なければならない。その為のあらゆる方法を試みる必要がある。
その一つが「絵を語る会」だと考えている。水彩人展では絵の批評をたがいにすることが会則で決められている。たがいに気付いたことを、語り合うことが決められている。水彩人展を、絵のことを本音で語り合い、成長をする場だと考えているからだ。
その意味でこの文章も、自分の絵を自覚するために書いている。自分の絵を乗り越えるために書いている。自分の絵に溺れないために書いている。そして、日々の一枚を続けて、100歳になり自分の絵に到達したいと思う。
今回出品した「海の話」という作品のことを。絵を語る会で語るつもりで、ここに書いてみたいと思う。本当は絵を見て頂き、意見をいただけることが一番ありがたいことだと思っている。可能な方は、よろしくお願いいたします。
海は毎日見ている。石垣島の海は輝いている。崎枝赤崎にある、「のぼたん農園」にアトリエカーを止めて、毎日絵を描いている。海は毎日見ていても変わってゆく。その色も青い日が多いが、黒い日、赤っぽい日、白い日もある。
つまり、どの色が海の色という訳でもない。海は何色にもなるということが分かる。そうした海というものの在り様が自分の中にたまってゆく。なんとも海は自由だ。ということがたまってゆく。海は記憶なのだ。
自分というものは記憶の蓄積で出来ている。子供のころ海というものは甲府盆地だと思い込んでいた。それは、中学校の社会科の先生だったおじさんがここに広がる甲府盆地は海だったのだと、話してくれるうちに、海を見たことがないのだから、海を甲府盆地から想像するようになった。
海を始めてみたときには、意外で海には見えない別物だった。海の記憶の原点は、向昌院から見下ろした甲府盆地である。その後さまざまな場面で海を見た。小学生の時に山口先生に連れられて出かけた、九十九里浜の海。あんなに楽しかったことはその後もない。
打ちひしがれてただつらくて出かけた、内灘の海。そのまま、海に消えたいと思った。そして、預かったセントバーナードの飼い主を探して、大津波直後の福島の海岸を訪ねたときの恐ろしい海。海は限りなく自分の中で変容する。そして描けなくなった絵が、描けるようになった、西湘バイバスのサービスエリアから見た海。
海は千差万別で、どのようにでも変わる。自由な存在である。その自分というものの中にある海を描いている。それは記憶の蓄積ではあるのだが、今見ている海でもある。海はどう描こうとも海になるという、変幻自在の自由さが海にはある。
描写を引きづらずに、自由が得られる海の絵。そう考えて海の絵を時々描いている。絵を描きだす前に、何を描くかは考えないようにしている。腕に任せている。白い中判全紙の紙の前に座り込み、手が動き出すのを何も考えずに待つ。
描き始まる時点では、たぶんこれは海になるなというぐらいの感じである。どういう海にしたいどころではない。ただ、腕に従い筆を進める。草原になるつもりが、海になることもある。空を描いているつもりが、いつの間にか海になっていることもある。
もちろんどこの海でもないのだが、記憶の中の海が現れたり、消えたりしながら、この絵の海の話が、次第に見えてくる。悲しい海もある。楽しい海もある。その海の記憶は、自分という人間の総合なのだ。
自分は過去の生きてきた記憶で出来ている。記憶の総合が自分となる。その深いところの記憶をどのように引きだすのか。それが絵を描くということなのだろう。自分というものの底まで行き着けらばそれでいい。そう思って描く。
今回の4枚の絵は、続けて現れた海の4枚の話である。最近の海の絵は30枚ぐらいは描いたのではないだろうか。日曜展示にすべて出しているので、数えたならばわかる。この4枚の絵はひと月半ほど前に書いたものだ。
今回の出品作の海の話は、実はこの後描いた絵の方が自分らしいと思える絵があって、入れ替えようかとも思ったのだが、小田原ですでに額装してあったので、まあこの4枚でいいということにした。続けて書いた4枚の方がだめでもいいかもしれないと思った。でも自分の中ではどこか過ぎ去った感がある。
水彩人展の会場で並べてみることは楽しみである。自分の墓場までの道程である。立ち止まり自己確認をする場である。1年描いた自分というものを見つめ直す場である。会場に毎日いる。みんなの絵を見せてもらう。
できれば絵も描きたいと考えている。上野公園で写生会も開催する。12日である。私もそれまでに何枚か描いてみたいと思っている。どのみち上野に泊まるのだから、早朝絵を描いてから美術館に行けばいい。6時から9時まで描けば3時間もある。日々の一枚は途絶えてはならない。
上野公園にはなかなか良い場所がある。ベンチもある。水もある。絵を描く道具も、水彩人の事務所に置いておける。今回の水彩人展は早朝に絵を描くことにしよう。これはなかなか良い考えが湧いてきた。文章を書くと思わぬ良いことを思いつくものだ。
絵を描けば、水彩人展が次の絵の始まりになる。その絵も日曜水彩画展示するので、どんな絵になるか、見てももらえる。良い展覧会になりそうだ。ぜひ会場に来てください。来ていただき、受付で笹村はどこにいるか聞いてください。すぐ行きます。
搬入の様子です。