水土の再生3
水土の再生には、日本人という人間集団の再生がまず必要である。工業化社会、資本主義の競争社会で、変わってしまった日本人を再生できるかである。今の社会で行われている教育と言われているものは、そういう工業化社会の都合のいい、資本主義の競争に適合した人間を作る教育である。計算が早い。これは一番であろう。指示どおりに動く。これは何番目くらいになるだろうか。受験を頑張る事が出来る、そしてランク付けの中で競争する。実に都合よくシステム化されていて、競争ロボットに洗脳されているようなものだ。日本の現在おかれた状況は、その方角の先が見えなくなっている。もともと競争に勝利することだけが目的。その先どこへ行けばいいのか、迷走飛行である。大きな方角が定まらないのだから、対処療法しかない。教育はその中で、すっかり混乱しているようだ。教育からすっかり変えないことには、水土の国は作れない。
農業を教育との関係で考えた時、体験農業ということになる。学校田んぼの事例がたくさんある。農協や、生協などでも、沢山の体験農業のメニューが提案されている。それは教育のようなもので、私が考えていいる教育とは、全く違うものである。国としてもそういう体験農業を食育という範囲で、推進している。農の会の活動をそうしたものと混同して、参加してくる人もいる。農の会の活動は、それとは似て非なるものが、本当の目的である。本気で農業に取り組むという人生の選択は、すでに日本社会では、反社会的思想になりかかっている。だから、農業者が老齢化して、人口が急減している。少なくとも多くの農家の親は我が子が農業を選択することを望んでいない。農業で暮らしていけるとは考えていない。出来れば学校で優秀で、地元の企業なり、お役所なりに勤めて、家を守りながらやってほしいと考える。
子供が農家の一員として働くことである。それが可能な社会に戻ることである。末は博士か大臣か。士農工商という身分制度がなくなったのは良かったが。その目的の転嫁が富国強兵であった。当時の世界が帝国主義時代でその波に飲みこまれた。しかし、資源の乏しい日本に存在したものは、日本人というものだった。日本人を磨きあげる以外、日本という国を存在させることすら難しかった。その中で教育も、競争をやりぬいた。そして、成果を上げた。その成果を産んだ日本人という存在。大半の国民が水田農業に暮らしていたということにある。水土を尽くす工夫をありとあらゆる場面で、徹底することで生きてきた。これが日本人という素材を磨きあげていた。それは芸術分野でも、実によく表れている。その意味では、天皇家が武力ではなく、水土の中心に居たと推測できる。
学校田を本当の意味でやるなら、子供だけでやらせることである。平らな地面に田んぼを作らせればいい。自分で工夫してみる。学んでみるということはそこから始まる。今となると大人でも実は出来ない。子供なら出来るかもしれない。現在の大人は、悪い教育の結果。自分の目で見て、物を判断する能力はほとんど失われている。それは水田をやってみたらわかる。何も見えないのだ。水田というのも、棚田がいい。コンクリートで固められた工場のような田んぼでは、半分しか学ぶことはできない。水というものがもとで管理された。蛇口をひねれば出て来るようなものだということでは、水土を学ぶことは難しい。工夫に工夫を重ねる。今なら、汚染をどう避けるか。こういうことを含めて、水は総合的なものである。忽ちに、森の問題、海の問題に気づくことになる。循環の中で田んぼが行われていることに気づく。こんなことは教科書にも書いてある。しかし、こういうことは身体で覚え込まなければならないことだ。繰り返し繰り返し身体を使いながら、身につけて行くことだ。
昨日の自給作業:番茶の収穫6時間 籾すり4時間 累計時間:37時間