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笹村 出-自給農業の記録-

柏崎原発再稼働延期

   

 

柏崎原発の再稼働は東電としては、福島原発事故後東電の初めての再稼働であった。所が順調には進まなかった。安全確認が十分出来たので、再稼働を原子力安全委員会が許可したものではなかったのか。所が安全ではなかった。このことを重大な問題として受け止める必要がある。

柏崎原発6号機が再稼働した翌日、制御棒を次々と引き抜く作業をしていた最中に警報が鳴り始め、部品を交換しても鳴り止まないトラブルに見舞われた。原因が分からないのだから、原子炉を停止することになる。簡単なことのように説明が発表されたが、実に恐ろしいことだ。
 
6号機は2012年3月から14年近くも停止したままの、原子炉の再稼働はどう考えても危ういものだ。私は止めるべきだと思う。どうしてもやりたいのであれば、新しい原発を作る必要がある。経済だけを考えて、手直し修繕、を繰り返したところで、何時大事故につながるか分からない。
 
東京電力は19日、柏崎刈羽原発(新潟県)6号機について、停止していた発送電を早ければ22日にも再開すると発表した。原子炉を停止する可能性もあるとしていたが、動かしたまま復旧作業を進める。ただ、今月18日に予定していた営業運転開始は、4月にずれ込む方向となった。
 
営業運転再開など、とんでもない話だ。14年一度も運転していなかったタクシーを、もう一度使うなどと言うことはないだろう。機械は使っていながら、整備を続けるものだ。日常点検が重要なものだ。14年使わなければ調子が変わっているに違いない。
 
もし自分の家の自動車が、14年間止めたまま駐車場にあったとして、改めて乗るのにはよほどの点検修理を行った上でなければ、誰も乗る気になれないだろう。それが一度運転を再開したとすれば、核融合を即座に止めるということは出来ない原子炉である。
 
世界最悪の福島原発事故を起こした東電である。また安全神話に戻ることは許されない。柏崎刈羽原発ではテロ対策の不備で、原子力規制委員会から事実上の運転停止を命じられるなど不祥事を起こしている。原発の安全にかかわる設備のトラブルが絶えず、原発を運転する資格はないとまで言われた柏崎原発である。
 
福島原子力発電所の、世界最悪の事故を避けうる機会は合った。それが2007年に起きた中越沖地震に伴い起きた。柏崎原発の火災事故であった。このとき、東電も、国も、地域の自治体も、この事故を小さく考えようとした。大きなものだとすれば、地域に不安が生ずるからだったと思われる。
 
2007年7月16日10時13分頃、新潟県中越沖地震(最大震度:震度6強)が発生し、それに伴い東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所3号機所内変圧器から出火した。出火原因については、3号機所内変圧器の絶縁油が地震の影響により漏えいし、その絶縁油に電気配線のショートによる火花が着火したものと推定される。
 
中越地震においては冷却水プールの放射能を含んだ水があふれて場外まで流れ出る事故も生じた。この事故後2007年7月29日、原子力安全・保安院は電力会社に下記の対策を指示した。思い出すために、もう一度コピーしておく。
1.自衛消防体制の強化
・火災発生時に十分な人員を確保できる体制の整備
・タンク付き消防車・化学消防車等の配備
・消防に対する専用通信回線の確保

2.迅速かつ厳格な事故報告体制の構築
・夜間・休日における放射能測定要員の常駐化
・参集方法の改善、衛星携帯電話や小型無線機等の導入・増強

3.国民の安全を第一とした耐震安全性の確認
・各原発での中越沖地震と同様の地震を想定した安全性確認
新耐震指針に基づく確実な、しかしながら迅速な耐震安全性評価(バックチェック)の実施
また、2008年2月1日になって総務省は、通産省に対し以下を第一次勧告とした。
1)国による原子力発電所の被災状況等の迅速かつ的確な把握と周辺住民等への安全・安心情報の迅速かつ的確な提供等
2)原子力発電所の災害応急対策上重要な施設等の地震対策
また、今回不等沈下で使用できなかった消火用配管については、従来の消火用配管の地中埋設を改め、地盤と縁を切るか、地上配管にするなどで、地震による配管破断を防止した。
 

中越地震の際に原発火災事故に対して、十分な対策がとられていれば、福島原発事故は起きなかった。火災事故を過小評価して、原発の安全神話が崩れることを怖れて、「小さな火事であり、原発自体には問題がない。」と言うことが盛んに発信された。

報道機関が、批判精神を持って、中越地震の原発事故の調査報道に挑んでいれば、原発の自身に対する安全性の見直しに進んでいた可能性があった。ところが、大げさに事故を扱えば住民の不安が増すばかりだと言うことで、問題の本質を見逃し、軽微の事故の範疇にされて、根本対策には至らなかった。

報道にはこの反省がなかった。見過ごし通り過ぎてしまった。その結果福島原発事故が起きたと思っている。あのときに、新潟県議会議員がラジオで安全性に問題がないのに騒がないで欲しいと、泣いて叫んでいたことが忘れられない。感情論に訴える議員はいいが、それを報道が垂れ流した罪は大きい。

科学手的知見を持たない県会議員であった。科学的に考える姿勢をおろそかにして、感情論で安全性を片付けてしまうことに、大いに力を貸したことだった。この人は、市民を不安に陥れないことが、いかに重要か。この不安で住民が動揺しているときに、原発事故の危険性を報道するのは止めてくれと叫んでいた。

あの中越地震の火災事故を原子力発電の教訓に出来なかったことが、何としても悔しい。原子力報道に、調査報道の力量がなかったためだろう。それは、福島事故後に大分変わった気がするが、常に事故がある前提で、問題点を指摘することが報道の役割だと思う。

安全性で考えれば、老朽化原発の耐用年数の延長問題が一番気がかりである。原発自体を建て直すことが、難しいために修繕手直しをして、設計値としての安全性だけを、見直している。原子炉本体の機械自体の老朽化に手が打たれていない。

どうしても、原発を使いたいのであれば、新しい原発を建設する以外に無い。原発の耐用年数は40年とされてきた。それを60年に延長している。さらに安全性をクリアーすれば60年を過ぎても運転可能となし崩し的に、耐用年数を延ばしている。恐るべき安全神話である。

原発と言う発電装置は60年間もその構造に改良がないと言うことらしい。そんな機械はダメだろう。自動車であれば、60年前の自動車と今の自動車ではその安全性はまるで違う。60年前の人工衛星では、使い物にならないだろう。何故原発は改善がないのだろうか。

これが日本の停滞の姿ではないのか。もし原発以外に選択肢が無いと考えるのであれば、徹底した安全な原発の設計を考える必要がある。当然六ヶ所村の核燃料のリサイクル施設についても、技術革新がなければ運転は止めるべきだ。中途半端な、ごまかしを続けることは悪事だ。

柏崎原発は本当に再起動させて大丈夫なのだろうか。振動で金属疲労が起きていたのは、ボルトだけなのか。ボルトの亀裂の見落としがあったように、まだ他にも亀裂などあるのかも知れない。一度原子炉を停止してもう一度全体を見直して欲しい。それが事故を風化させないと言うことだと思う。

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