新米を食べています。

      2016/08/11


新米を食べました。初めての舟原のお米です。とてもおいしいお米で、ご飯が楽しいです。カボチャも沢山収穫したので、カボチャを煮て、それだけで大満足なのです。他愛ない事ですが。心底暮らしの喜びです。これ以上望むものがないような気になります。それほどおいしいご飯でした。一つは昨年の採種が、食べているお米を種籾にしたので、品種がばらつきました。もち米が結構ありました。クロマイもありました。この混合具合が良かった。それと、舟原田んぼの条件の良さです。眺めがいい。稲も毎日、明星山を眺めていました。すぐ隣は溜め池に続いていて、とても不思議な空気があります。舟原の良さが、凝縮したような田んぼです。この素晴しい環境がいつまでも残ってゆくよう、やることは沢山あります。自分が暮す土地で、野菜を作り、お米を作り、鶏を飼い。自給自足で暮して行ける。素晴しい事だと思います。

田んぼは昨日、回りの片付けや、草刈をしました。草刈は意外に時間が掛かりました。6回目の草刈で、それほど伸びていないと思っていましたが、随分の草量でした。今年はどうも草の当たり年です。それは全体で見れば、夏の気温の高さと雨量が例年にないほどだった性でしょう。いつまでも暑いと言うか、暖かい。田んぼを片付けながら、田んぼに感謝しました。祈りました。そうすると少しでもきれいにしてあげたくなりました。蒔いたレンゲがそろそろ出揃ってきています。稲刈り1週間前に蒔いたのだから、1ヶ月は経った。やはり出無い所がある。レンゲは難しい。種をケチるから難しいのかもしれない。上の田んぼでは、道普請を続けている。軽トラや機械がが奥の田んぼまで、行ける様にするのだそうだ。奥にまだ3枚素晴しい環境の田んぼがあるのだ。ここも田んぼになればいいな。とは思っていたが、案外早く実現しそうで、嬉しくなる。

この舟原地域にはその昔、40戸ぐらいの家があったらしいが、そうすると、4町の田んぼはあったはずだ。確かにその位の田んぼだっただろう平地がある。1軒で1反の田んぼがあれば、お米とお味噌は自給できたのだ。水車も何台も活躍していたそうだ。古くはこの山付きの地が、暮しやすかった。水があり、田んぼが出来て、動力がある。家付きの芝山があり、薪が自由にある。各家には湧水が引かれてもいる。だから、この地域でも古い家は400年前から確実にこの地にいたと言う事がわかっている。一寸木チョッキさんというちょっと変わった名前の家が半分はあるのだが、この苗字は山仕事を委託された、役職名らしい。古くは箱根山麓の修験道、と何らかの関わりがあったのではないか。ともかく暮らし易いので、人の移動が無かった。

ここの地の移ってそろそろ10年になる。10年は養鶏場の土地を貸していただくと言う事で、ここに来たのですが。約束は果せそうでよかった。この場所に来た時多分この土地で死ぬのだろうと思った。地域の空気が自分にあっていたのだと思う。あちこちと住んだわけだが、舟原が一番良かった。これから、最小限の家の申請を再開する。もう忘れてしまったので、一度役所に聞きに行く所から再開する。そして、自給生活の整備に、もう一歩入りたいと思う。今畑にはそばが蒔かれたようになっているのだが、それは、蒔いた訳ではなく。土地を改善するのに、撒いた、そばのカスから、芽生えたのだ。耕してしまおうと思っていたのだが、どうなるか、様子を見てみる事にした。冒頭の写真は今年のそれはおいしいおいしいお米。先着一名の方に、差し上げます。あしがらの方で、取りに来られる人が良いのですが。メールアドレスはsasamura.ailand@nifty.comメールでの先着1名の方です。

 - 11月, 稲作, 自給