農の会の味噌づくり

農の会の味噌づくりが1月の25日に行われた。100名くらいの人が集まったのではないかと思う。大釜一つでは足りずに、中釜も並べて大豆を煮た。早朝5時に釜に火を入れて、10時くらいから、煮えた大豆を配り始めた。
味噌づくりは初めて20年は経つのだと思う。大豆を栽培し、味噌醤油を作る活動が継続されていることが、何よりうれしいことだ。一番最初に味噌づくりをやったのは、石井美帆さんが内山でやった時だ。すでに、あの時には大豆栽培は始めていた。それなら、自分たちの大豆で、味噌づくりをするのが農の会らしいという言うことになった。
つまり、自給というのは、購入した大豆で味噌づくりをやるのでは、まだ半分だ。自分たちで栽培した大豆で味噌づくりをしなければ、本当のことにはならない。自給を目標にしていた、農の会ではこうして、自給とは何かを考えて、活動を広げてきた。

当然、自給などどうでもいいという人たちも沢山いて、会から距離を持つようになった。その一方で、自給をしたいという農の会の仲間は年々増えて200人を超えた。「地場・旬・自給」という会の理念の実現に向かった。なぜ目的が自給なのかというところは、今も考えてのぼたん農園で試行錯誤しているところである。
現実的には、35年前にこれから農家は成り立たなくなる。耕作放棄地が拡大すると考えたからだ。大規模農家や特殊な営農品目であれば別だが、一般の作物を作る小さな農家は経営できなくなると、考えてきた。35年前に考えたとおり、農家は減少を続けて、半数以下になり、老人農家がかろうじて残っている。
次の時代の暮らしの確立は食料自給をしていることだと考えた。まさに、その食糧危機が現実のものとなっている。貧困層が増大する中、国は軍事予算を拡大している。一人一人が暮らしを守り、安心立命するためには、食料自給を確立していること、年々重要になっている。
政府が食料など輸入すればいいというのが、本音の国なのだ。労働不足になれば、農業分野から、他分野に労働力が移行することを期待している。若い人が農業経営をするなら、企業的農家しか考えられないのが現実である。もちろんあえて小さい農家をやる人はいるが、特殊解である。

普通の農家が営農できなくなれば、当然条件不利農地から放棄されてゆく。35年前想像したとおり、耕作放棄地は年々増加して、日本の農地面積は急速に減少している。この状態でいいというのが政府の本音であるが、これは日本国の存亡の危機だと考えている。
日本の農地を維持できるのは自給を志す人だ。農家経営と関係のない人が農地を使うようにならない限り、日本の農地は半減するだろう。その結果2つのことが起こる。一つは地方社会の消滅である。地方社会を支えてきたのは、小さな農家の人たちである。農家が地域の中核となってきた。
もう一つは、日本の自然環境が荒れてゆくことになる。日本の自然は手入れをされて維持されてきた。里山環境である。天然の自然ではなく、里山という人間の暮らしとかかわることで維持されてきた自然環境なのだ。農家が行ってきた手入れが失われれば、自然のバランスが崩れ、土砂災害などが頻発することになる。すでに深刻な事態である。

土砂災害は年々目立ってきている。このままでは中山間地は人が暮らせない地域になりかねない。そこで、中山間地の里山環境を維持できる人は、経営とは切り離された自給農業をする人たちだと考える。次の時代は確かに中山間地の暮らしのインフラはなくなるだろう。と同時にコンピュター時代に変わる。
コンピュター時代に入ると、中山間地のインフラ不足を補う仕組みも生まれるてくる。距離と移動時間が変わる。中山間地にいて、できる仕事が増加するはずだ。コンピュター時代にこそ必要になる仕事は、人間らしい発想の仕事である。文化的な、想像力を必要とする仕事。これが次の時代の日本の経済を支える。
こうした文化にかかわる仕事には、自然の中で、自給農業を試みることが重要な成長要素になる。人間を人間にした仕事は農業である。農業から文化は生まれた。農業にかかわることで、感性や、観察力、が磨かれることになる。日本という文化を育ててゆくことが世界に新しい文化を発信できることになる。

農の会の味噌づくりはまさにそれを象徴する活動だと思っている。この活動の意味するものは、ここにある空気である。協働する空気である。100名の人が集まる。それは様々な人である。そしてその一人一人が全体を構成する重要な一人になる。小さな子供も、その遊びまわる姿で参加をする。
参加しない人には理解しがたい世界だと思う。また、こういう空気を嫌う人の方が多くなった気がする。一人のほうがいいといって、一人で味噌づくりを始める農の会の人もいた。確かに、一人の方が都合はいいのだろう。しかし、一人できる人が、みんなのための味噌づくりに参加することの意味は重要だと思っている。
みんなのために頑張るということが、実は自分を変えてゆく。自分さえよければいいという自分から、成長させてもらえる。人間は子供のころはみんなに助けられ生きている。また年を取り人のお世話になりながら死んでゆく。若い一人でできるときに、みんなのために生きることを知る必要がある。

世の中には、公平とか、平等とか、一見正しそうな考えがある。しかし、そんなものはどこにもないと考えている。力のないものは助けてもらっていい。力のあるものは助けてあげた方がいい。農の会で見ていれば、人間の能力は10から1まで違う。10の人が一時間働けば、1の人の10時間になる。
極端に言えば、先の読める能力のある100人力の人もいれば、みんなの足を引っ張るだけのむしろマイナスの人さえいる。そのすべての人の公平とか平等とかは、考えることは無駄なことだ。人間に力があるなら、みんなを助ける義務がある。それが当たり前の社会が目標である。
大豆の会でも、皆さん手伝ってくださいが呼び掛けられる。私がやっていた時には、絶対にそう言うことは言わなかった。「それをいっちゃーおしめいよ。」と思っていた。人間は必ずわかってくれると信じていた。そうしたら確かにわかってくる人が現れ、仕事を担い助けてくれた。
人間を信じるなど言えば、宗教のようになるが、不思議なものでそうして農の会は継続されてきた。世の中には心ある人はいる。そして、だんだんにそういう人だけの活動になってゆく。それが達成されると、気持ちの良い空間が生まれる。ところが頑張っている人が、みんなに仕事をやれなど叫ぶと、すべてが崩れてゆく。

今年の味噌づくりも見事に終わった。多くの人の力が寄せ合うことができたからだ。あの暑い夏の草取りなど、年々厳しくなっている。朝活だといって、朝夜明けと共に活動をしている。今年は過去最高の確か320キロの収量があった。反収でも地域の収量を超えている。
自給の活動の重要性はますます高まっている。農の会では、有機農業塾。大豆の会。田んぼの会。お茶の会。麦の会。野菜の会など様々な活動がある。もう30年を超える活動になっていて、しかも参加者は年々増加している。どなたでも参加はできる。ぜひ参加してください。このブログに問い合わせていただけば、連絡をつなぎます。
いよいよ、来年はのぼたん農園でも味噌づくりを始めたいと考えている。やっと大豆が作れるようになったからだ。農の会で作っている小糸在来種の種を分けてもらったので、もう一度挑戦してみる。まず種の冷蔵保存である。8月25日蒔きである。畑の湿潤土壌の準備である。のぼたん黒大豆。のぼたん白大豆。のぼたん枝豆品種と4種作る。
帰ったらすぐに、4つの大豆畑の裏作として、とうもろこし、キビ。裸麦、餅あわ。と4種作る。作りながら、畑の土壌を良くしてゆく。畑を休ませるというのは間違った考えだ。畑は作りこんでだんだん良くなる。腐食を増やすこと。石を拾うこと。みんなの自給のために、もう一息努力の継続である。