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笹村 出-自給農業の記録-

戦争の記憶と核兵器保有

   

 

あの大震災から、15年が経過した。記憶の風化が盛んに言われている。忘れたいことを忘れるのは、悪いことではない。忘れてはいけないなどという権利は誰にもない。思い出したくないこともある。震災の記憶を忘れては成らないと、盛んに言われるが、忘れた方が良いと思う。

思い出したくないことを思い出してしまうのは、心をゆがませてしまう。次の災害に備える為には、震災記憶に頼るのは良くないと思う。政治がきちっと対策を進めれば良い。公共が責任逃れをしている。災害自助論、自己責任論に問題があるのだと思う。

戦争の記憶を残せと言うこともよく言われる。悲惨な記憶を覚えていれば、戦争をしないだろうという考え方だと思う。そんなことはないと思う。ロシアも、アメリカも、戦争の記憶が生々しいままに、侵略戦争を繰り返している。人間はまともなものではないらしい。

戦争をなくす。震災被害をなくす。それは悲惨な結果を覚えておくだけではどうにもならない。戦争をやって今度は上手くやる。震災が来ても自分だけは何とかなる。そう都合良く人間は考えるものだ。だから、戦争を起こせなくする以外にまた戦争をやる。震災があっても被害が出ないように供えない限り、被害に遭う。

人間はそういうどうしようもないものだ。という前提で考えておくべきだ。つまり大変だった記憶など、伝えたとしても無駄だと言うことになる。どれほどひどいことがあろうともまた、同じことを繰り返してしまうのが人間だと、認識しておく必要がある。

その上での対策が備えられるかである。しかし、ダメだと思う。また大きな悲惨が起るのだ。高台に移転すべきは分かるが、結局の所いつの間にか低地にも暮らす人は出てくる。津波が来るような場所では家が建てられないという法律でも作らない限り、無理なことだ。

人間は戦争はすべきでないくらい、分かっている。プーチン氏でもトランプ氏であっても、戦争が良いことだとは思っていない。それでも必要なことだと思ってやってしまう。それはテロリストが、おかしな熱に浮かされて、とんでもない殺戮を行うのと何ら変わらない。

みんなおかしな理屈を身につけて、暴力を振るうのだ。人間の中にはそんな愚かな人間も現われるものなのだ。だから、戦争の記憶が風化されようが、されまいが、また戦争はあるものだ。それはまた必ず大津波が来ることと変わらない。そう考えておかなければダメだ。

東京大空襲の悲惨な状況は、語り部に教えて貰わなくとも、人間なら何があったかぐらいは想像出来る。ただ、そのことと戦争を始める人の意識がつながらないのだ。攻撃する側の意識の中に、戦争被害者の視点は消えてしまう。

力の政治家の高市氏だって、日本をアメリカのような軍事大国にして、戦争の可能な国にすべきというのは、その方が安全な国になると固く信じているからだ。殺されるか殺すかなら、先に殺して助かりたいというのが普通の人間なのだろう。

トランプ氏がイランを空爆して、ハメネイ氏を殺害した方が、アメリカが、自分が安全になると考えたからだ。日本が攻撃できる国になれば、必ずまた戦争を始める。そうは考えないのだ。日本は防衛の為に攻撃できる武器を持つ必要があると考えて居る。そう考える人の方が多くなっているから、高市氏が選ばれたのだ。

確かに一つの考えである。間違っているわけではないが、そのときに戦争の悲惨など何も考えない心境になっている。やられる前にやる以外に無いと追い込まれるのだ。トランプは今ハメネイ氏を殺してしまうことがなければ、アメリカが核攻撃を受けると考えて居たはずだ。

つまり、ハメネイ氏を叩かなければ安全はないと考えたときに、それが出来る武力を持っていたために、使ってしまったのだ。人間はそういうどうしようもないものなのだ。高市氏が攻撃型武力を持てば、いつか戦争を始める。そう考えておかなければならない。高市氏が特別というより、当たり前の人間だからだ。

日本は攻撃できる武力を持たない。これが唯一の戦争が出来ない方法である。それしか日本の安全保障はない。もちろん相手があることだ。それならやられぱなしではないか。その通りだ。相手は攻撃型武力も、原爆も持っている。いつか使うだろう。そう考えておかなければならない。

攻めてくる国も普通の人間だから、武力を使うに違いない。それを防ぐ手段を徹底的に積み上げるほか安全保障はない。日本は防御的武力の圧倒的先進国にならなければならない。日本を攻めることはさすがに無理だと思われるほど、強固な防御態勢を作り上げる。

そうでない限り、必ずいつか誰かが攻めてくると考えておかなければならない。動じに、必ず侵略戦争をすることになる。大震災と何ら変わらないのだ。大震災は遠からずまた起る。それでも被害が最小限で済むような安全対策は可能だ。大震災は危険だから逃げ方を練習城も悪くはないが。逃げないでも安全なところに暮らすようにするべきだ。

戦争も同じだ。必ず戦争をしたくなるのだ。また日本も侵略戦争をしてしまうと考えておくべきだ。高市氏を選択した日本人を見れば、そうなるに決まっている。それは戦争の風化でも何でもない。忘れたからではない。忘れようが忘れまいが、戦争で問題が解決すると、愚かにも思い込むのが人間だ。

戦争の暴力で解決できることなどなにもない。ハメネイ氏が死んだとしても、何も変わらない。戦争を始めらば恨みが増幅して、泥沼化は続くのだ。それはベトナムでも、アフガニスタンでも同じことが起きた。それでも何の教訓も残さずまた侵略戦争をする。イランの泥沼戦争は世界を疲弊させる。

この人間の愚かを、何度でも見せられると、人間は武力を持てば、必ず使うと言う教訓だ。しかも相手を攻撃できる武力を持っていなければ、必ず誰かにやられると考えてしまう愚かさも兼ね備えている。もちろんそうでない人の方がはるかに多い。しかし、100人に1人でもそういう人がいれば、危険は変わらない。

それはどれほど平和教育をしようとも変わらない。無駄だとは言わないが、無意味だとは思わないが、平和を願う以上、戦争を始める人が現われると考えておかなければならない。すでに日本はそういう状況にある。平和憲法が危ういところに来た。やらなければやられるという思想が広がっている。

国際紛争は武力によって解決しないと決めている憲法が、武力で国際紛争を解決すべきの憲法に変わろうとしている。日本は戦後80年で的基地攻撃能力のあるミサイルを持つ国になった。そうでなければ不安でいられない国になった。しかし、ピストルを持てば、相手は大砲を持つ。大砲を持てば原爆を持つ。

すでに原爆を保有する国が沢山出てきている。そして、北朝鮮がトランプに攻撃されないのは、原爆を保有しているからだ。なら日本も原爆を持つべきだと言うことになる。それが高市氏の本音である。しかし持つと言えばさすがに選挙で負ける。そこでアメリカの属国になり、核の傘の下に居るつもりになる。

核の均衡による安全保障は、日々その危険度が増してきている。国連による平和維持を、核保有国が否定している以上、核を持たない国が連係して安全保障を核保有国に要求しなければならない。これは核兵器を持たない国の権利だ。日本はその先頭に立つべき、被爆国なのだ。高市氏はその記憶すら忘れたのか。

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