セルフビルド
最小限の家作りの見学会が、中断している。申し訳ないことに私の責任だ。どうも作業に追われてしまい、時間が取れない状況が続いている。この時期農作業が多く、草刈など、やりきれないままだ。
今年は、竹薮の片づけを3箇所経験して、竹薮の事が少し分かってきた。最小限の家の敷地になる場所、元竹薮の整備が、いよいよ最終段階になった。今まで、丸10日かかった。傾斜地に、竹の葉が厚く積もり、竹が埋もれている。ここを竹を担いで、一日中歩くのだから、足がきつい。一日一回は、それは思い切って転ぶ。運がいいことに転んだところに、竹の切り株が無かった。昔は切り口は鎌のようなもので、鋭く切ってあったそうで、大怪我をしたそうだ。今はチェーンソウで切るから、その点だけは有り難い。山仕事の方が言われていた。
集落の方が、何をしているのか、何にするのか。心配そうに見に来る。どこで会っても良く聞かれる。私自身がまだ何をどうするかまでは分からないので、応えようがない。正直片付けだけで、先ずは畑にしようかと思うと相談すると。えらく感心される。畑を新たにやると言う事が、あまり信じがたい事のようだ。
私がやっている事が、あまり常識的でないらしく、不安をもたれてしまう。
それにしてもあの竹薮をよく片付けたと、これだけは褒めてもらえる。皆さん竹薮の片付けがいかに大変かを経験されているようだ。
いよいよ最終段階まで来た。100坪ほど竹薮は残す予定だ。そこまでは切ったのだが、その中の整理はまだ出来ていない。竹林は美しいと思う。あの美しい揃った感じにできればと思う。太い竹だけを残し、細いのは全部切ってしまうつもりだ。この作業は実は楽しみなのだ。ゆっくりと楽しみながらやりたくて、残してあるのだ。考えただけでも楽しみになる。
この竹薮も以前は篠竹が繁茂していたらしい。そこに真竹が入ってきて、優位になったようだ。枯れた篠竹が一面に倒れている。唯一細々と残っているのは青木だ。私は青木は嫌いだ。子供の頃から嫌いだった。あれの斑入りを庭木で使う人がいるが、信じがたい事だ。水を含んでいて、防火林としては役に立つそうだ。
篠竹も青木も、どこでも困る物だが、それを真竹は凌駕するのだから、真竹を凌駕する何かはないものか。
アメリカでは、厄介者のくずを、日本から持っていって、鉄道の土手補強に使い、今えらい困っているらしい。よく考えれば分かりそうな事を、目先の便利さに惹かれてしまい。安易に使う。これが後で大変な仇になる。こういうことは、多いいと思う。まず自然を充分に観察すること。これに尽きるだろう。外国から物を移すというのは、よほど気お付けないと、いけない。環境が変化した時に、どんな事が起こるか、極端に優位な植物になるかもしれない。
そろそろ、真竹の竹の子が顔を出し始めた。この竹の子を頑張って取ってしまえば、真竹は再生しないそうだ。1年たてば、トラックターなら耕せるぐらいにはなる。と言うが、ちょっと信じがたいぐらいの根の大きさだ。ともかく出てきた竹の子は、全部食べつくさないといけない。湯がいて冷凍したい。この冷凍庫も買いたい。余分な出費になるが、以前から必要だとは思っていたので、いい機会かもしれない。やっぱり塩漬けにすべきなのか。
セルフビルドは敷地の整備から。所がこの敷地の整備に現在、10日かかった。と言う事は1ヶ月で出来る、最小限の家としては、既に3分の1を使ってしまった。