ピットブルと暮らしたことがある。
2026/02/28

ピットブルを飼ったことがある。小田原で養鶏をしていた頃である。養鶏場まで山の中の道を、毎朝一緒に歩いていた。ピットブルは危険な犬種として、飼育が禁止されている国もある犬種である。アメリカではギャングが飼っていて闘犬の賭け事をしていると書かれている。
しかし飼ってみて分かることは、ピットブルテリアほど信頼してくれる動物は他には居ないと思う。飼い主を絶対視する犬である。それだけに飼い主問われる犬とも言える。ギャングのため位に命懸けで戦ってしまうかわいそうな犬。
ピットブルは手強い相手ではあるが、これほど飼い主の魂にまで踏みこんでくる、魅力的な犬種はないと思う。私は10種ぐらいの犬を飼ったが、犬の王者だと思う。哀れな王者である。だから、覚悟をして飼った。確かに教えられることが多かったと思う。
何故私がピットブルを飼ったのかである。飼ってはいけない犬を何故飼ったかである。ピットブルの名誉が、地に落ちていることがあまりに可哀想に成った。おとなしい系統もあるのに、悪い飼い主のために闘犬の汚名を着せられ、哀れで名誉回復の一助になればという気持ちがあった。
それは、タッズさんとの出会いで始まった。高校生の頃ブルドックを飼っていた。動物好きだったから、子供の頃からいろいろの動物を飼っていて、柴犬、秋田犬、ラブラドールレトリバーを飼った。どうしてもブルドックが飼いたくなって、飼わせて貰った。父も子供の頃ブルドックを飼っていた。
父のおじさんは、横須賀でブルドックのブリーをやっていた。キングウエアーパッセー(名前あいまい)と言うイギリスから取り寄せた、相馬伯爵のブルドックを預かって飼って、繁殖をしていたそうだ。それは世界チャンピオンの子供の犬だったらしい。銀製のブルドックの顔が彫金されたトロフィーが置いてあった。
ブルドックがどれほど素晴しい犬であるかを何度も聞いていたので、いつか飼いたくてついに高校生の時に飼ったわけだ。東京中のブリーダーを訪ね歩いた結果、下馬の方から譲っていただいた。トミーという名前だった。その犬舎で生まれた犬には、最初の子供がAだったそうだ。次がG。それでついにTomyまで来たわけだ。
それからはブルドックと暮らした。人の布団で寝小便をするほど、訳の分からない奴だったが、めちゃくちゃかわいかった。わがままがすごいところが魅力的なのだ。いつかまた飼いたいと思っていたのだが、今度は、ブルドックかブルテリアかを迷った。そして、その交配をした犬種に興味が行った。
和歌山の方でその交配をしている方が居た。そこでその方と連絡を取り、譲っていただくことになった。ところが、ピットブルのブリーダーであるタッズさんに相談すると、その人のことをご存じで、その犬は凶暴な系統の可能性がある。つまり闘犬用の可能性がある。
より強い犬を作り出すために、ブルドックとブルテリアを掛け合わせる人が居るらしい。そして、闘犬に向かない子供の犬を販売しているのではないか。と言う話だった。そして、犬種として不安定な犬種よりも、家庭犬として確立されている系統のショ-タイプのピットブルを飼った方が良いというお話だった。
グローリータッズケンネルのタッズさんは、元山口組系の組長の方で、タッズという名犬に救われて、気質に戻った方である。そのいきさつを書かれた本も出されている。信頼できる立派な人だ。福島の原発事故のときに取り残された周辺地域で、犬の救出で活躍された方である。
細康徳と言われる方で、今も九州で保護活動をされている。まあ文字道理親分肌の人で、人間が大きい。度量がある。絶対信頼の人である。多くの志を同じくする仲間が集まる人である。細さんとピットブルはどうしてもダブってしまう。いつの間にか両者の合わさったイメージである。
タッズさんとみんなが言っていた。それくらい細さんとタッズという名犬は同一だった。寒川にあった福島被災犬の保護施設には毎週手伝いにカヨ子さんは通っていた。我が家でも、保護施設にいられない犬を預かっていた。タッズというピットぶるの名犬がいかに素晴しい犬だったかは、タッズさんを変えたぐらいの犬と言うことで分かる。
ピットブルは、決して飼ってはいけない犬ではない。素晴しい家庭犬である。しかし、飼い方次第なのだ。闘犬にするために飼う人が居ると、飼い主に信頼されようとして、闘犬になってしまう。それくらい飼い主を命がけで信頼してしまう犬なのだ。そこが魅力的な犬の王者。
ピットブルを飼ったときのことに戻ると、和歌山の方を調べている間に、分かったことは、ブルドックとブルテリアの交配した犬種というより、その周辺に様々な交配の歴史があり、また現代もそのミックス犬が様々生み出されていることが分かった。
両者の特徴をどう考え、どのような犬種を作出するかと言うことが、出てくる。当然闘犬に戻すための交配と言うこともある。しかし、本来素晴しい家庭犬である二つの犬種の良さを併せ持つ犬を作ろうという、交配目的も当然ある。ブルドックを飼っていた者としてそれは良く理解できた。
そういう犬ならばピットブルだと言うのがタッズさんの考え方だった。何度かやりとりしている内に、タッズさんという人間に興味が湧いてきた。ともかく一度お会いして、一度ピットぶるという者がどれほどの犬か見せていただいた。そしてどれほど易しい犬なのかと言うことが理解できた。
最終的に、京都にあったタッズ犬舎に尋ねて譲っていただいた。タッズさんは直接会って人となりを見なければ、譲れないと言う主義のブリーダだ。またしばらくしたら、小田原の家までどんな風に飼っているかを見に来られた。どこまでも責任を持たれる方だった。
それから福島事故後のレスキュー活動の協力など、様々な活動の協力をさせていただいた。一段落して、福岡の朝倉市でシェルターを作り、活動を続けている。その後は交流も途絶えたのだが、時々どうされているのかと思い、ブログなどを読ませていただいている。
飼い主を信頼する余り、闘犬にまで成ってしまう犬。余りに強健な体力の犬のために、闘犬に使われる犬種。この犬の素晴らしさが浮かばれない。なんとも可哀想な犬種である。この犬の価値を見直して貰いたいという、タッズさんの思いは共感できるものがある。
今は犬を飼っていない。本当は飼いたい。しかし、のぼたん農園の作業や、飼っている水牛のことを思うと、犬までは飼えないと我慢している。それでももう一度犬が飼えないかと思う。しかし76歳のものが、犬を飼うと言うことは、先に死ぬ覚悟が必要である。
死んだ後の犬のことを思うと、さすがに飼えない。それでもラブラドルレトリバーならば、飼えるかもしれないといつも考えて居る。毎日のぼたんに連れて行けば、なんとかなるかも知れない。そう思うと飼いたい思いが湧いてくる。
死んだ後のことをきちっとしておけば、飼う方が良いのではないか。私が犬よりも先に死んだ場合でも、犬が幸せに暮らせる状態を作ってあげれば良い。そのときにはそれなりの費用をタッズさんに寄付してお願いするのはどうだろうか。引き受けてくれるかも知れない。
それにしても、さすがにもうピットブルを飼うことは出来ない。その体力ががないからだ。歳をとったことを認めざる得ない。ピットブルも介護犬に成れるかも知れないが、あの強い犬を制御する自信はさすがに今はない。残念なことに、ピットブルが悪いニュースで騒がれると、悔しくて仕方がない。悪いのは飼い主だ。