谷垣氏の民主主義路線
「日本の民主主義のために『小沢独裁』と闘わなければならない」自民党大会の谷垣氏の発言である。民主主義という政治に一番大切なものを、自民党が掲げてくれる。こんなに嬉しいことはない。自民党の総裁が、大上段に日本の民主主義の為にと叫んでいる姿。想像だに出来なかったことである。どうも「民主主義」は、人を批判する時の常套句のようだ。これこそ、政権交代の成果である。昨日の参議院の国会審議をラジオで聞いていたが、自民党が金権民主党を攻撃するという、図式である。つまり、金権体質批判というものが、国民に一番受けると言う事は、誰しも分かっていると言う事。大いに、批判し、胸に手を当てて、我が身を省みなくてはならない。政治資金で土地投機をすることが許されるか。相場に手を出すお金と、政治のお金とは違う。相場のお金はやましいと言う事なのか。宝くじを当てたい。土地を買って資産を増やしたい。どうなんだろう。
歴史的に言えば、お金がお金を産むような事は、宗教的、倫理的に許されない文化という物もあった。現代日本では、金儲けハウツウ本がベストセラーになっている。「政治にお金が必要である。」当たり前のように大前提にされる。政治のどの部分にお金がいるのだろう。本当の政治にはお金は要らない。日本が現在やっている政治の仕組みは、お金がかかるということに過ぎない。インターネットで発信をさせない選挙では、お金お金の言い訳はできない。電通に広告演出を希望すればお金がかかる。藤川八戸市議のような女性市議の化粧代というのも、政治資金から出るのだろうか。アラスカの女性副大統領候補が、衣装代を使いすぎて失敗したぐらいだから、演出費用は政治資金か。ありのままで、ありのままを選択できる市民が存在して、民主主義は成立する。見た目に騙されない市民的目線の成熟。
自民党の見た目は、小泉子息と丸川元アナのようだ。やっていることは見た目狙いである。考え方で主張したいなら、考え方が分かるように、アピールできるようにすればいい。野党になって始めての新綱領も採択されたんだ。そこを鮮明にしないでどうする。普通、そこまで読まないとしても、でもこれだけは伝えたい、というものがないわけが無い。骨をお題目として掲げないと伝わらない。自民党も内部で、議論を深めて欲しい。議論する政治をしてほしい。考える事にはお金はかからない。考えで、主張で政治をするという風土を作り出さなければならない。こっちの水はあーまいぞ。が日本の政治である。だから、政治にお金がかかる。谷垣氏の頼もしい。日本の民主主義の為に戦ってくれるという、結党以来初めてだろう、自民党の叫びを先入観なく、しばらく見たいと思う。
一方、平野官房長官の「名護市長選結果を斟酌する必要はない。」発言は民主主義を愚弄している。民主主義を標榜する自民党はここを強く、攻め抜いてもらいたい。選挙結果以外に何があるというのだろう。民主的手段による表現で、これを斟酌しないのでは、既に議会制民主主義を無視していると言う事になる。言い訳に法律を云々している。確かに、安保条約を結んでいる以上、極東の安全の為に、アメリカの安全の為に、軍事基地を提供する義務がある。しかしその日米同盟すら、国民が選挙で破棄出来なければおかしいではないか。全ての民主的手段の基本にあるものが、選挙結果である。参議院での、政治資金で土地を購入する事をどう考えるかと問われた、各閣僚の情けなさ。菅直人氏のコノテイタラクを市川房江氏ならどう思うだろう。現実政治の世界で堕落してしまったのだろうか。政治がそんな単純なものではないにしても、譲ってはいけない所はある。その点ではきっぱりと「よくない」と答えた。前原氏を見直した。唯一小沢独裁に戦っていると見えた。もちろん前原氏の国防論の危険は又別の事であるが。