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笹村 出-自給農業の記録-

海外から働に来てくれる人

   

 

日本は海外から来て働いてくれる人がいなければ、社会は維持できないというおかしな状況になってしまった。先進国と呼ばれる国の多くが、似たような状況のようだ。階級社会になったと言うことで、余り良いことだとは思えない。豊かな国が貧しい国の人を都合よく利用する姿は醜い社会だ。

経済のため、人手不足のため、外国人に来て貰わなくてはならないとする政府が、外国人排除を、例えば不動産購入に制限を加えようなどとしている。この奇妙な差別と言えるゆがみを、多数の日本人が支持をしている。これは日本の社会に暮らす1人として、耐えがたい屈辱だ。

日本人ファーストを主張する参政党が出現した。その右翼的体質が、岩盤自民党支持層を右側から食い破った。慌てた自民党が右寄りに位置をずらそたのが高市政権なのだろう。自民党という政党は、実にしたたかな政党である。転んでもただでは起きない。

保守系支持層の繋ぎ止めを図ろうとして、労働力として必要としながら、外国人に制限を加えるという。矛盾した政策を打ち出そうとしている。矛盾と言うよりも、ご都合主義である。利己主義である。働いてくれる外国の方に分類を加え、3つの階級を作り、受け入れ方を変えた。同じ人間とは見ていないと言うことだろう。

未だに日本という閉鎖的な鎖国根性が出てくる。企業は労働者不足で、このままでは国際競争力を低下させるばかりだと、外国人労働者の導入に、躍起である。安い労働力と言うこともあるが、日本人がやりたがらない仕事をやってくれるという究極の選択なのだろう。

働きに来てくれている外国人の人も、東京で働いている人と、小田原で働いている人、特別に外国人の集中する町の人と、石垣島のような場所では、違う人たちが来ている。欧米からの人たち、東アジアの人たち、そのほかの国の人たち、来る職種が違い、違う国の人が集まるようだ。

たぶん、地域によって外国人労働者のイメージはかなり違う。東京では、労働者の人と言うより、外国人の旅行者が多くて判別がしにくくなっている。また、仕事もデスクワークの人が多い気がする。小田原では中近東からの人が多かった。石垣島では環境が似ているためか、東南アジアの人が多い。

石垣島の強い日差しの夏場、外仕事はもう日本の若者には出来ないと思う。それが大半の日本人の本音であろう。しかし、この強烈な日差しの中、ベトナム人の若者が、日中一日草刈りをしている。フィリピンの人も働いてくれていると聞いた。暑い国から来ている気がする。

有り難いし、すごいと思う。脇で絵を描いていると陽気に働いていることが分かる。日本語も通ずるレベルで話せる。アトリエカーで絵を描いているのが不思議なようで、話しかけてくれる人もいる。石垣島を選んだ理由を聞いたら、ベトナムの地方から来たので、日本の都会には向かないと言っていた。

今の日本の若者には草刈り仕事は無理だと思う。日本人は肉体的にも、精神的にも衰えたのだろう。企業にしてみれば、よく働いてくれる外国人労働者にお願いしたいと考えて当然である。募集しても日本人はなかなか集まらないそうだ。そこで外国人と言うことになる。良い話しか聞いたことがない。

その外国人労働者の受け入れ体制が不十分である。一番の問題は不当な仕事を押しつけられても、そこから転職が出来ない。一定期間同じ会社で働くことが来日の条件になっている。都合よく使いたいと言うだけのことだから、こういうことになる。

昨年から外国人労働者の受け入れ制度が変わった。その入管法の方針は、労働者を2分して受け入れようとしている。一等外国人と、2等外国人に分けている。肉体労働者と技能労働者と頭脳労働者という形で、分類的に受け入れようとしている。

その差別的な入管法の背景にある考え方は、外国人を受け入れたくないという、左右からの圧力がある。国粋主義的に外国人を異質なものとして、特別視して排斥したいという日本人的感情論。その一方で、外国人労働者に職場を奪われるという、少し前の労働組合的発想。

こうした背景がある中、企業や三K職場から、外国人労働者を入れなければ、人手不足が埋まらない。こうした圧力が強まった。特に経団連からの圧力には従う自民党が、排他的思想を持ちながら、苦い顔で外国人労働者の受け入れをしようという苦肉の策にでたわけだ。

そこで最初目が付けられたのが、日本からかつて棄民され、中南米諸国に出て行った、昔日本人だった家系の人たちだ。こういう所に、国粋主義というか、血統主義が現われていて、何か日本人の無残な感じが出てくる。日本語を話さない日系人はもう日本人とは違っている。

そこで、3K職場に外国人技能研修者制度が導入された。これは明らかに現代の奴隷制度である。何故これほど差別的な制度が出来たのか。日本が外国人に対して、対応すら分からない、差別的民族だからである。外国人犯罪の問題の背景には、この奴隷制度がある。

ただし、この制度は国連からひどすぎると是正勧告がなされ、やっと2019年に修正はされた。そして出来た制度では、日本語能力 4級相当の試験と技能評価試験に合格した者が対象とされることになった。そして外国人を3つの段階に分けた。

技能実習を2号までの3年間修了した者は試験なしに特定技能に進めるようになった。最終の上層の三階部分には従来のいわゆる「高度人材」と呼ばれる「専門的・技術的分野の外国人」が位置され、配偶者や子どもといった家族を帯同出来る人になった。

最初の段階の技能実習を入口にして、日本に定住、更には永住権を取得するまでができるようになった。これは良いことだ。2027年になると、さらに育成就労制度に変わる。ここまで行くと、一応建前としては、同一労働同一賃金の、日本人並みの労働条件に変わる。

と同時に、何故外国人労働者の医療保険を日本人が払わなければならないのか。などという馬鹿げた主張が、日本人ファーストと叫ばれている。何故外国人の子供に無償で教育をしなければならないのか。国から両親を呼んで、老人介護を人がやるのかというような、意見も見受ける。最悪なことが起きている。

外国人を都合の良い労働力としてだけ見たいわけだ。若く元気な内だけ使って、余り効率的には働けなくなれば、お帰り願おうというようなご都合主義がまだある。もし日本で働いて貰うのであれば、どこからどこまでも日本人と同じでなければならない。当たり前すぎる話だ。それが出来ないなら、受け入れなければ良い。

外国人労働者を日本の社会は受け入れられるのかどうかの熟慮がない。なし崩し的に、労働力不足だから仕方がないと受け入れている。その矛盾が次第に大きくなってきている。受け入れるのであれば、希望してくれる人には移民として、受け入れる覚悟でなければ、おかしなことになる。すでにヨーロッパでは社会混乱が起きている。

外国人労働者の人たちは、未だに一時雇用の不安定な状態である。移民としての受け入れが出来ないのであれば、外国人労働者を受け入れなければ良いだけのことだ。都合の良い労働者としてだけ、見ていて、不都合になれば排斥しようとする。これを変えようという矢先、新たな差別を持ち出している。

日本の社会は移民としての外国から来る人を受け入れるのか。あるいは受け入れないのか。はっきりしなければならない。同じ人間として、日本に暮らして貰う覚悟がないのならば、一切受け入れないことにする方が良い。私には日本人には覚悟がないと見える。

今海外から来てくれる人たちに、最低の対応をしようとしているのが、参政党であり、高市政権である。幸いなことに、日本に来たいと言ってくれる人がまだいる。今や円安で、必ずしも日本が有利な働き口ではなくなっている。にもかかわらず、来てくれる人がいるのは、過去の日本の遺産なのだ。

過去の遺産と言っても、日本人が外国人にたいして、恐る恐る関わってきた範囲でのことだ。植民地だった韓国人や台湾人に対する差別の実態を見れば、そんな生やさしいことではない。日本人は外国人を下の階層に位置づけて、ひどい差別してきた暗い歴史があることを忘れては成らない。

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