石垣島に帰る

石垣島に帰ったという気分である。7年が経過して、やっと石垣島に暮らしているということになった。慣れるためには結構な時間がかかる。もちろん、石垣島の住人になったという感じはまだない。石垣島にたぶん死ぬまでのあいだ、寄せてもらっているという感じなのだろう。
石垣島に帰り。ひこばえの稲刈りである。すぐに計画を立てて、進めなくてはならない。3番田んぼの稲刈りを19日に行った。残りは今日20日に1番たんぼ。6番田んぼの稲刈りをすると協力して一気に稲刈りをするつもりだ。出来れば今日脱穀もできるだけ進める。
東京にいたときは完全に水彩画になっていた。水彩人展の準備から開催、終了まで、かなり緊張した18日間だった。良い水彩画の勉強が出来たと思う。水彩人展も始めたときの趣旨から言えば、現状は間違っている。間違っているのだが、良い水彩画の仲間が出来たことも事実だ。
その良い側面をみて行こうと思う。自分の絵に刺激があったことは確かだ。やはり、絵は一人では描けない。その実感が今ある。水彩人の良い仲間のおかげだ。成長している人の絵は、予想も出来ない形で良くなる。悪くなる人は予想通り悪くなる。絵は怖いものだ。
自分の絵が停滞に入らないように、今描いているものを否定できるような精神状態でいなければならない。まだまだ目標は遠いのだ。あと、24年間成長を続けたい。100歳の時に、どこまで到達できているかである。ここから出発だと考えて、また出直しである。
雨が降らなければ、21にコンバインで脱穀の予定だったが、台風が近づいているので、できる限り20日にやるほかない。残ったイネは上の機械小屋まで運び、20日の天気予報は良い方に変わったので、今の所は大丈夫かもしれない。そうはいっても急いで進めるに越したことは無い。
石垣島で栽培するイネは不燃が多い。品種が気候に合わないのだと思う。これはやむ得ないかもしれない。今度「あきまさり」を作ってみればまた状況が変わるのかもしれない。不燃の原因はバイラス病とカメムシと高温障害だと思う。ある程度までは受け入れるほか無いのだろう。
インディカ種のハッピーヒルも不燃がかなり出る。これはどういうことなのだろうか。よく分からない。まだ、不燃の原因がつかめていないと言うことかもしれない。イネ作りはどこまでも難しいものだ。少しずつ改善して行くほかないのだろう。
今できることは田んぼの土壌をよくして行くことだと思う。土壌が充実していない田んぼほど不燃が多いように見える。土壌が良くなり、イネが充実してくれば、不燃も今よりは減るのでは無いか。まずは当初の目標通り、腐植の多い田んぼ作りである。
稲刈りが終われば、下の田んぼの整備である。結局下の田んぼは一枚一反と言うことだった。変形の田んぼのようだ。徐々に広げて全体を田んぼにしようと思う。どうなるかは分からないが、今の所は1反が出来るぐらいの水があるようだ。溜め池作りをやってみなければ、水の量は見えてこない。
下の溜め池に水が溜まればここから上の井戸まで水をくみ上げることが出来る。そうなれば、上の田んぼの水がかなり改善が出来る。このあたりがどうなるかを進めなければならない。慌てる必要は無いが、確実に進めたいと思う。11月までに田んぼが出来れば良いと考えたい。
もし下の田んぼが出来たならば、下の田んぼで苗作りをすれば良いかと思う。下の方が風が無い。水も安定している。古くからあった田んぼだから、土壌も田んぼ土壌で悪くないようだ。長年放棄されていたので、腐植は多いように見える。これも作ってみなければ分からないことになる。
全体をネットで覆う必要がある。イノシシも多いので、回りも網で囲うつもりだ。中にトラックターが入れるくらいの高いネットにしたい。そこまでは無理かもしれないが、取り外しが可能なネットにしなければならない。ネットの大きさに合わせて、田んぼを作りたい。
戻ったら、驚くほどの草である。道路が牧草で覆われている。ハンマーモアーで刈りたいのだが、トラックターが故障中である。トラックターを直さなければどうにもならない。直らないようであれば、トラックターを捜さなければならない。トラックターについては、福中先生に相談しなければならない。
バナナが10房も付いていた。もうすぐ食べられるものが、2房ある。バナナは生ゴミ堆肥を入れたら、とても良く実るようになった。やはり島バナナが美味しい。バナナは放任栽培で、良く出来るのだから、もう少し増やしても良いのかもしれない。
バナナには台風が来ないと言うことも幸いしているのだろう。何しろ、私が石垣に来てから、7年間直撃の台風は一回も無い。今年は今の所そばも通らない。防風林も徐々に生長してきたので、かなりバナナ栽培が可能になってきているかもしれない。
次は下のコンテナの機械小屋である。機械小屋の設置が途中までで止っている。何とか位置を直して、回りをコンクリートで整地したい。そうしなければ、作業がやりにくくて仕方が無い。今年の稲刈りは日陰も無いままに進めた。これでは休むことも出来ない。
こうしてみると、やり残しばかりである。あれこれがやりきれない。このやりきれない状態に耐えなければならない。完成などないものと考える必要がある。次々に課題が出てくるわけだ。当面の課題をこなしていて、結局全体は遅れて行く。この状態を仕方が無いと受け入れる。
ゆっくりいつか出来ると思い、のんびり構える必要がある。進んでいることも沢山ある。特に大切なことは、自給農業技術である。これが肝心である。少なくとものぼたん農園の4年目の稲作技術は、確実な前進はしている。ひこばえ農法では成果が出た。
5俵3回の収穫であれば、反収15俵になる。2反田んぼがあれば、30俵になる。30人が一人60キロのお米を分けることが出来る。この目標は大分現実化してきた。年3回収穫は日本では誰も実現していない。今年の目標はやはりここに定めることだ。
のぼたん農園は、自給のための研修農場。ひこばえ農法で年3回の収穫。水牛を使う伝統農業。現在38名が参加している。田んぼが2反。果樹園はハバナとマンゴーとパパイヤ。サトウキビ栽培が3カ所。大豆栽培は今年試作中。コーヒー栽培も順調。それぞれに自給の野菜作りはかなり成果が出てきた。
10年計画である。今4年目である。まだまだ途上であるが、一歩ずつ進んでいることは確かだ。焦らず、確実に行く。一番気がかりであり、大事なことは、あと6年間働ける身体でいることだ。昨日は結構長い時間稲刈りをやったが、今日に疲れが残っていることは無い。腰も痛くは無い。
今日明日と稲刈りが続く。何とか乗り切れそうだ。あと6年間働ける身体であれば、のぼたん農園は完成できるだろう。健康に留意し暮らして行きたい。それが絵を描くことにつながっている。昨日も稲刈りの合間に絵を描いた。絵を描くことと農作業することは連動している。
田んぼをやるときには絵を描くように。絵を描くときには田んぼをやるように。この気持ちを忘れないことだと思う。頭で描く絵にならないことだ。身体で描く絵にしなければならない。のぼたん農園のことを考えて居ても、結局絵のことになる。