石垣島で原野を田んぼにする冒険談3

石垣島という楽園の農園、楽観園には新しい仲間が2人加わった。なんと二人とも薬剤師の方だ。中川さんと、圷さんである。これで9名になった。体制は整いつつある。大倉さんの様な外部からの協力者も引き続き募集します。
楽園の田んぼは自分の田んぼでは無い。毎年場所が入れ替わる。1年目は一番下の田んぼ。だんだん上に移り、最後は一番上の田んぼを耕作して卒業する。お互いが協力しなければ、一番下の田んぼには水が来ない。下の田んぼのことを考えられる人に成長し無ければ卒業は無いのだろう。
土の腐植を増やし、豊かな耕土を作るのは次にその田んぼ畑をやる人のためだ。自分のためだけの自給の田んぼでは無い。みんなでやれることはすべて共同で行う。一人でやるより、みんなで共同すれば、かかる労力は半減する。頑張る気力は倍増する。
水牛を飼って堆肥を作る。腐植を増やすことを農業の基本にしたい。草を刈り、落ち葉を集めて堆肥を作る。堆肥を田んぼに入れることで土作りをする。一人で出来るようになったならば、今度はみんなのために、そして石垣島のために自給農業がやれるようになることだ。
石垣島の家庭ごみが堆肥化されるように受け入れ施設を作りたい。例えばホテルの生ゴミを引き取る代わりに、農産物を購入して貰う仕組みは構築可能では無いだろうか。この生ゴミ収集を事業化できないかと思う。食料のSDGSである。こうした石垣島の生ごみを燃やさない環境対策をした宿泊施設を認定して行くことはできないだろうか。
小さな自給の田んぼ楽観園が完成したら、そういう自給農業の体験施設にしたいと考えている。崎枝には民宿があるらしいので、話をして体験農業の人が継続して使えるようにお願いもしてみたい。お弁当を作ってくれる食堂もあるので、こことも連携を出来ないだろうか。
楽観園略して楽園は間違っても宗教的であっては成らない。押しつける思想活動であっても成らない。あくまで自学自習である。その場所で耕作をする人自身が何かを感じて学び取って行くことが重要だ。自給農業の教育はお互いのためのものである。
楽園は自由である。入ることも出ることも自由である。楽園で耕作をすることを通して、自然と自分の為であることが、人の為であるという、日本の伝統農業の姿を楽園の田んぼ畑の姿に再現したものである。人は自己本位で我儘なものであるが、みんなの為にも頑張れるものである。
共に自給を目指す目標がある。共に働く喜びがある。自分の自給を達成することが出来たならば、みんなのために働くことが喜びになる人間になることだろう。もちろんそれはそれぞれのことであるが、身体を動かし、みんなと共同することで、自然と学べることだと信じている。
それは自給自足を求めた開墾生活とあしがら農の会でのみんなでやる自給活動を通して、学んだことである。どうしようもない自分の為だけの人間が、生きることの眼を広げることが出来たのは、すごい仲間と出会う事が出来たからである。それはこの歳になっても全く同じである。
今小田原に戻り、久しぶりにみんなと農作業をしている。それぞれが精一杯自ら仕事を見つけて働いている。誰に言われるという事でなく、それぞれが気を働かせて、やるべきことをやっている。大豆の収穫を30人くらいの人が、類まれな連携で行っている。
並外れたスーパー農業者もいる。子供を背負ったお母さんもいる。初めて参加した人がいる。それぞれが良い距離を保ちながら働いていた。ここにある良い空気が、一人はみんなのために、みんなは一人のためにという事なのだと思った。
自給生活は平和に暮らすと言うことである。人から奪うのでは無く、人のためになる自給。個人が自立する生活と言うことだ。自立した個人が暮らしを通して、みんなのためになる。小さな農業の目標は平和な社会を作ることになる。
石垣島でそうした暮らしをしたいと考えている人が、楽園の体験できる場所でありたい。同時に、畜産、果樹、など石垣島で取り組まれている果樹農業の体験も出来るようにしたい。マンゴーやパイナップルや島バナナを有機農法で作りたいと思う。田んぼの畦に作れれば一番良い。
これもかなり困難なことになる。すでに、果樹を有機で作られている方はいる。いずれも草対策をどうするかが課題のようだ。敷き藁を使い出来るかもしれない。鳥や虫対策は袋をかけると言うことになるのだろうか。現在、石垣島でやられている方に指導をして貰いたいと思っている。
また草地の管理を学びたい。石垣島にはとんでもない帰化植物が恐ろしいほど繁茂している。牧場では資料を海外から輸入する。草地には外国からの植物が繁茂しがちである。帰化植物が一切入れない草地管理をしたい。草地の研究者の方が、石垣島の崎枝にはおられるから相談して教えて貰いたいと考えている。
そして、態勢が整い次第学校田である。すでにどこかで行われているのかもしれないが、種まきから収穫までの一連の作業が目の前で見れる環境を提供したい。無農薬の伝統農業で食糧自給は可能だと言うことを子供達の体験を通して、知ってもらいたいと思っている。
田んぼのことを考えると、もうそれだけで元気が出てくる。石垣島に自給のための田んぼ畑活動のユートピアを作りたい。楽園の農園は楽農である。ここで何かを学んだ人が、どこかで活動を広げて行く。そんな場所にいつか成れば良いと思っている。
誰か一緒にやろうという人がいれば、大いに協力しましょう。一人より、二人より三人と。人の協力があれば、一人ではとうてい出来なかったことも実現できる楽観である。自給を目指す小さな力こそ、押しつぶされないように、力を合わせることだと思う。
日本が平和国家として可能性を示せるように、江戸時代後水尾上皇が修学院離宮で示した、武力では無く稲作農業の形を示す庭園で、国作りの方角を示したように、石垣島の楽観園の楽園で日本の方角を示したい。これは大げさな夢ではあるが、冒険には遠大な夢が必要だ。