自給自足生活と晴耕雨読

   



 自給自足生活はやり尽くした気持ちがある。これだけは一応やったことだなという気がしている。一日1時間100坪の土地の自給。これは達成できた。そういう時間が持てたという事が思い出しても嬉しいことである。

 この暮らしは晴耕雨読というようなのんびりしたものではなかった。晴れれば草刈り、嵐の最中での片付け。いつもすべてに神経を張りつめていなければ自給はできないものだった。やはり相当に厳しい暮らしである。一時間の労働であるとしても、24時間集中していて、一時間働くというような具合である。

 晴耕雨読という時の、晴れて耕すのは庭の草花くらいなのだろう。これは自給自足とは関係のない趣味的な言葉なのだと思われる。そんなことはあり得ない暮らしを晴耕雨読というように言うらしい。

 これは誤解を生むと言葉だと思う。言葉は怖いもので、やってみたことにない人は、自給自足の暮らしをこの言葉で想像しがちである。何度そう言われたことか。雨の中の田植えや、台風に備えての稲刈り、これが普通の自給自足生活である。

 と言ってもつらいのではなく、大変だからこそ面白くて仕方がない暮らしだった。この面白さは、生きているという充実感がある。辛くて良かったという事ではないかと思う。

 晴れた日だけ農業をやるようなことは、実践的にはあり得ないのだ。だからこれは農家的な言葉ではない。仙人のような人が、気分転換に畑を耕すというようなことなのだろう。生産とは程遠い話である。

 時代は階級社会に進んでいる。機会均等というような社会には進んでいない。それは資本主義が国家資本主義と呼ぶような、競争の激化によって階級が生まれている。70年を分水嶺として、この50年間は階級が生まれてくる過程だった。

 今出来上がりつつある階級とは、経済的な既得権による階級である。加えて能力による階級である。この能力による階級は経済的に優位なものが、その有利さによって能力をさらに高められるという形になり始めている。

 そのことは時代の方向であり、あがなっても無駄だと最近は考えるようになった。革命とか、戦争の敗北とかで、既得権がひっくり返らない限り、世の中の方向は変えられないと思うようになった。

 だからこそ、自給自足に意味があると思うようになった。人間が生まれてきて死ぬという事は、自分の生命をどこまでやり尽くすかという事だ。自分というものの奥底まで行けるかという事である。名を遺すとか、勲章をもらうというようなこととは全く関係がない。

 自分という命に突き当たるためには、ずいぶんよい時代になったともいえる。農業資材もずいぶんよくなった。農地は借りやすくなった。地方によってはいくらでも空き家がある。生きてゆく場は広がっている。

 階級社会とは言え、都会で暮らそうと思えば、誰にでも下層民としての暮らしはある。若い人が働いていて、生きて行けないという事はない。たぶんそれはこの先も同じだと思う。都会で人間らしく生きることが出来るかと言えば、それは上級国民にだけ許されたものである。

 そういう事にはかかわらない方が良いというのが、実感である。身の丈に応じないでかかわろうとすれば、心を病む事になる。無理がたたるのである。無理をして成りあがった人のみすぼらしい心が目立つ。人間を追求していきたいと思うなら、そんな競争に初めから乗らない方がいい。

 いじめの学校に通わなくてもよいのと同じである。いじめのない学校にするような努力は、いじめられている人が出来るものではない。違う道があるという事でいい。自給生活の道はそういう道である。人間は身体を動かせば、何とか自給自足で生きて行ける。

 山北で挑戦したときは、機械力を使わないことを条件にした。その頃はまだ、世田谷学園に週3日勤めていた。自給自足生活が出来るようになれば、辞めようと思いながら、東京まで通う生活だった。できるかどうかも未知数だったので、学校が止められなかったのだ。

 まだ30代であったが、3年間学校勤めと自給自足の模索が重なっていた。条件は相当に悪い場所であった。山の下から、水を担いで、45分は歩く場所だった。家と言っても、物置を配達してもらい、組み立てたものである。

 その狭い物置に寝て、開墾をやったのだから、ひどいもののようだが素晴らしい経験だった。苦労などと少しも思わない。標高300メートルの北斜面のスギ林である。土壌は富士山の宝永の噴火で飛んできた、火山礫が60㎝は積もった場所だった。それでも3年で自給自足が達成できた。

 楽しんでやれた。暮らしを楽しめる人ならできる自給生活である。少しも恐れることはない。若い人には良い時代が来たともいえるだろう。今の私ならば、石垣島に入ったと思う。あの石垣の大変な土壌をなんとか耕作できる土壌にしてやろうと思う。その方法を見つけて残したいと思うだろう。

 
 
 

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