絵が自分を超える難しさはどこにあるのか。

   

絵が良くなるには自分を超えなければならない。自分を超えるとは自分を磨くというようなことではないようだ。今までにない自分を発見することだと考えている。自分を否定するということでもある。言い換えれば、学んで身についてきたものを剥ぎ取らなければ、絵に至れない。これが極めて難しい、日々壁にぶつかっている。過去の自分というものは堂々と登場する。白紙の自分の目に戻ることほど難しいことはない。すでに構築された自分が消えない。その自分の習得した者が成長の邪魔をするからやっかいである。
風景を描くと言うことは風景を切り取ると言うことになる。両手をかざして絵になる風景を探す人がいる。絵になりそうな場所が見つけやすいと言うことなのだろう。風景を画面に切り取ると言うことはそういうことでは無い。風景は自分も含めた全体のものだ。風呂屋の看板を見て風景らしきものを描くとすれば、手をかざして区切ればいいだろう。しかし水平線にある空は実は、自分の頭の上にも切れ目無くある。そして、自分の背後にまで続いている。一枚の絵というものは、この背後の空まで含んでいると言うことになる。絵は人それぞれの考え出すものだから一般論としてどうかと言うことでは無い。写真を見て絵を描く人がたとしても別にかまわないわけだ。あくまで、私絵画の話だ。
絵を描くと言う実際は平面に区切り示すと言うことになる。四角い平面に自分の見ているものを描き示す。みている自分のいたいとでも言う空間全体を、区切られた平面に置き換えると言うことがしたい。興味がわいてくる場所とは、動いている場所である。空の雲が動いている。風で稲がゆれている。遠くの林も木々がうごめいている。水面は光の変化で刻々移り変わる。ミズスマシが水面に輪をしるす。水中にはオタマジャクシが泳いでいる。固定されたものでは無く、何か面白いことが起こっているような、そういう世界の変化してゆく動きに引きつけられる。それは、植物を見ていても、一日二日ではなにも変わらないようなものでも、毎日見ていてわずかな変化が面白い。3日目に変化に気づくからだ。この気づくことの方にうれしさがある。風景を見ているのも同じような興味である。田んぼを見ていると、日々それなりの変化がある。こういう時間的な動きも含めて絵として切り取りたい。できるわけがないと言えば、できないことなのだが。目はそういう不思議を行っている。そうした自分の目を邪魔をするのが、身についた絵という概念である。これを脱ぎ捨てなければ、見ている生なものに向かい合えない。
ドキュメンタリー映画一本を一枚の絵に凝縮するような意識になる。しかも絵は静止しているからこそ、本質に迫っているような切り取り方になる。静止しているのに動きや時間経過まで捉えたいということになる。無理なことをやろうとしているのかとも思う。しかし、目は確かに一瞬にして、そういうすべてを見ているような気がする。目にできのることならば、絵にできないはずがないだろうと考えている。目はその前に起きたことと、この先に起こることを含めて、今の一瞬に凝縮する。この凝縮の仕方が絵の描き方なのではないか。水彩画というものは扱いにくい素材ではあるが、日本の風景の色調には最も適合している。それは顔料の細かさから来る発色の繊細さで、日本画の材料を超えていると思う。薄い透明感や重色の多様性もありがたい。何より、筆触による表現は無限ともいえるほどの表現幅がある。水彩画の表現法と自分との関連ははこれからの課題だ。
石垣に来て以来、描き方が変わってきた。だめになっているという不安も無いわけでは無いが、ともかく変化していることは受け入れている。意識的なことではないが、絵をやる以外には何もないというように、覚悟が変わったような気がする。これは田んぼの本を書き終わったと言うこともある。養鶏の本。農の会の本。そして田んぼの本。生前整理のようなものだ。私の中の役立つようなものは、すべて本にした。後は絵が自分に入り込む以外にない。どんな不調な絵でも、やっていればなんとか行き着いてくる。だめで終わるような絵など一枚もない。絵は描いている途中では、おかしくなることはままある。しかし、描いているうちにどこかにたどり着く者だ。たどり着きさえすれば、それはそれで良いと言うことになる。当然のことで、自分であると言うことはだめとかよいとか言うことではないからだ。だめと見える絵は、なぜだめなのか、必ず原因がある。自分の何かがだめなのだろう。それに気づくと、そのだめなところに基づいた絵に進むことがある。そういうだめも含んだ絵こそいいと思う。その時々の違いがあるだけだ。失敗すると言うことはあり得ない。もちろんよい絵ができるというわけではない。良いも、わるいも関係が無くなってきたようだ。行き着けばいいというような感じになる。その行き着く感じがまたなかなか、不思議だ。

 - 水彩画