東大生協の宇佐見圭司作品処分
東大の学食の壁に飾られていた、宇佐見圭司氏の作品が廃棄処分されていた。理由は改築に際し、邪魔だから廃棄したという事である。こういうことは良くあることだろう。東大という場所だから問題になっただけのことだ。同じことが美術館の中でも行われている。倉庫の奥にしまい込まれて、展示されるあてのない作品の山は高くなるばかり。それが歴史というものであり、美術史の中で制作したいるという宇佐見氏であれば、当然のことと受け入れいていることだろう。歴史というものはそういうものであろう。宇佐見圭司と言えば、私の学生の頃は美術評論の方で目立つ存在であった。作品の評価はできなかった。東大の学食の職員と一緒である。金沢で現代美術の画廊を続けている友人の坪田氏から著作を進められたのだと思う。読んだ記憶がかすかにある。記憶にあるのは書かれていた内容よりも本の装丁が美しかったことである。宇佐見氏の作品があまりにデザイン的で、何がやりたいのか本の内容が作品が繋がらなかった。デザインという意味は、何かの説明という意味だ。たぶん宇佐見氏の観念の説明図。
作品を「読みとる」ことがまったく出来なかった。今見ても何を意味しているのかが分からない。廃棄された代表作「きずな」は東大生協創立30周年記念事業として、当時の職員が生協の元従業員に募った募金で宇佐美に制作を依頼したものだそうだ。宇佐美を推薦したのは、文学部の教授の高階秀爾氏とある。今は美術研究者というものは東大にいないのであろう。だから、廃棄処分に至ったと考えれば分かりやすい。東大に美術の研究者がいるなら、廃棄はさすがに止めただろう。改築のうわさ位は伝わるはずだ。あの絵はどうなるだろうとも思わない人間が美術の研究者である訳がない。あるいは美術史的に無価値な作品と考えてあえて無視されていたという事かもしれない。捨てられた今になってみれば、あれこれ言う事は出来るが。モナリザだって、背景を切って捨てた人がいるのだ。どうも目つきがおかしい、笑い方が不気味だなどと、加筆する人だっていたかもしれない。ダビンチはモナリザを持ち歩いて、最後まで書いてしていたらしい。モナリザは十分にダビンチには役目を終えたのだろう。
宇佐見氏の大作は捨てられても仕方がないのだろうと思う。写真の記録が残っているのだから、まだいい方である。宇佐見圭司という存在自体を世間は、思い起こすことすらなかったではないか。東大に代表作が捨てられた作家という事で残るかな。この事件で、東大の食堂に飾られることになるという宇佐見氏の話が、当時話題になったことをいくらか思い出した。批判もあったと思う。その時も何故宇佐見圭司なのだろう。高階秀嗣氏は美術を理解しているのだろうかと思ったものだ。どちらかと言えば、現代美術の中でも特殊な立ち位置であったかと思う。飾られて、当時の評価が保証されたのだから役割はあった。ホッとしたのは高階氏かもしれない。これが企業であれば、作品の廃棄処分はごくごく当たり前のことだ。東大という場所だから、注目がされたという程度のことだ。分からないから廃棄するという事は、日常行われている。
作品は描く作家自身に意味がある。宇佐見氏はこれを描く事で十分に美術的体験を果たした。記録さえであれば、現実の作品はあろうがあるまいが大きな違いはない。必要であるなら再現することぐらい難しくない作品である。現代美術の作品が、食堂の装飾画として存在するという事がどうなんだろうと思う。その時代の現代美術の作品が装飾的意味で評価されているのであれば、時代に適合しなくなって、デザイン的に古臭くなって壁紙のように変えられるというのは、ごくごく当たり前である。宇佐見氏の評価は残された画像からでも少しも変わらない。お寺の襖絵もそうして張り替えられてきたのだ。偶々残るものは残る。残っているから意味があるという事でもない。作品は装飾ではないという事だ。岡本太郎氏の太陽の塔の保存など、そもそも無意味だと思う。岡本氏自身芸術は爆発だと叫んでいたではないか。爆発して消えて構わないはずだ。床の間芸術を一番蔑んでいたのが、岡本太郎氏である。