日中農民交流
正式名称は「中日韓農業発酵技術普及会」。農文協が開いてきた、中国鎮江市との技術普及の活動。2年前が1回目の参加、今回2回目の参加となる。前回は現代中国の農業状況の把握がある程度できたので、今回は出来れば農家に直接プラスになる技術が、伝えられればいいと考えて行ったが、なかなか難しかった。今回も私自身が学ぶ事ばかりだったといえる。参加メンバーは11名。小祝政明、高橋丈夫、中沢由幸、長渕晴彦、伊藤富士男、斉藤春夫、張安明、ゲイ鏡、小祝有加、そして私。日本側の参加者から学ぶ事がとても多かった。これは前回も同様の事だ。農文協の精神として、農家の技術を普及する精神が基本に存在する。私のようなものが、技術普及の一員に加わること自体が、その象徴のような不思議なことだ。小さな農家が実際に行っている技術こそ、中国の農家に役立つのではないかという、農文協精神がここにある。答えなければならない。
中国側から学んだ収穫の一番が、昆虫養殖の事。「ミルワームの養殖」「蝿の養殖」中国の伝統の深さを感じる所だ。沈さんと言われる、農業英雄の評価を受けている方で、とても熱心な方がいる。農民交流の要のような存在である。畜産関係の全般を指導されているようだ。自身蝿の養殖を進められていることを今回知った。日本の昆虫養殖の権威の三橋先生とも、交流があるようだ。ロシアで進めていた蝿養殖技術も良く研究している。もちろん日本のゼネコン竹中組が行った研究も良く知っていた。その上で、中国の伝統的技術として存在してきた、方法とが合致して、とてもレベルの高い実用技術として、実現されていた。ミルワームはもちろん日本でも、養殖がされているわけだが、蝿についてはまだ、実用技術として運用されている訳ではない。自然養鶏の技術としては充分研究すべき技術に違いない。
日本の農業の行き詰まり状態を、どう打開するかは2方向ある。国際競争力のある農産物を作るという、自民党の主張してきた農政の方向である。もう一つが、農業を国全体のを支える基本要件として考え、経済の枠組みを別枠にする方向であろう。これが民主党の農政の方向になるかどうか。期待と不安の入り混じる所である。これと同じことが、中国の農村でも起きている。中国には下放という言葉があるが、農村で農民とともに暮らす事が、一種の処罰的な扱いであったのだろう。商売人的、立身出世的、価値観。毛沢東思想と中国人という民族的、伝統とも言える価値観との、混沌。混乱。昇華。孔子の道徳観と最も遠い民族だから、孔子が生まれたように。毛沢東の自力更生思想は、最も資本主義的な中国人の前で、どのように新しい局面に到るのか。アメリカが焦ってグローバリズムの見直しを始める所であろう。
農文協ならではの技術交流である点が、発酵飼料に絞った所にある。しかも農家的な発酵技術である。中国政府が関心ある発酵技術は、工業的な発酵技術である。証人的農家もそれを求めている。今回も、巨大なお酢工場に併設された堆肥化工場を見せていただいた。鎮江酢の製造過程で出る、籾殻混じりの廃棄物を堆肥にしている。堆肥と私には見えたが、肥料という扱いで販売しようとしている。同行した、中国の学士院の中心となる方から、日本側に率直な意見が求められた。肥料成分から、土壌改良剤と考えるべきだ。と答えが伝えられ、その後、小祝さんの所で実際に研究する事になったようだ。それも素晴しい共同研究である。が、大変な状況に置かれている、日中の農民がともに、農家の技術交流で不時着地点を探すことこそ、大切であると思う。まだ、農民交流は軌道に乗っているとはいえないが、私の技術が中国の農家に少しでも役立てる場面があるなら、やらなければならない。