東日本大震災後の復興

復興庁というものがある。東日本大震災後の復興のために作られた。今年の3月には岩手県と、宮城県では復興庁が終了し、福島県の復興に専念して行くうことになる。終わる書かれていた。岩手県と宮城県では一体復興はどうだったのだろうか。朝日新聞に人口の変動の調査が出ていた。
岩手、宮城、福島の沿岸被災自治体42市町村の人口増減マップをみると、600近い地点で人口が消失し、約1250地点で50%以上減っていることがわかった。海沿いの津波浸水区域や原発事故による帰還困難区域と重なり、まちが消えた場所といえる。---朝日新聞
友人のふるさとが陸前高田市で、震災の日に街に画材を買いに行かれていたおじさんを亡くされた。その友人は陸前高田市は消えるだろうとがっかりして語っていた。それほどひどい惨状になっていた訳だ。死亡・行方不明者は約1800人で、津波浸水域に住んでいた人の10人に1人の犠牲者。
この間に2万4千人の人口が、1万8千人に減少している。減少はしているが、良く消滅しないで復興したものだとも言える。新しい高台に市街地が移転した。地域によって様々な対応がとられたわけだが、大震災後の復興計画が成功した地域も、失敗した地域も様々に存在するようだ。
人口減少について言えば、陸前高田市はすでに若年人口減少が続いていた街で、震災がなかったとしても、かなりの人口減少はあったのだろうが、25%の人口減少はさすがに大きい。日本の地方の人口減少はどこでも深刻に進んでいる。地方でも多くの地域が1都市集中である。
陸前高田市の比較的近い、仙台市は東北では数少ない、震災後に人口が増えた街だ。2025年11月の推計人口は109万5千人で、震災前より約5万人多く成っている。震災の被害がそれほど大きくはなかったのだろう。災害地に住んでいた人が、仙台市に移り住んだ人も多い。
盛岡市には兄の家族が住んでいる。盛岡市は30万人の人口が28万人に減少している。一番人口が増加したのは、東北新幹線が盛岡までだった時期なのだと思う。盛岡に支店を設ける企業が多かったらしい。その後、青森、秋田へと新幹線が建設され、盛岡の役割も変化したのだろう。それでも、岩手県の他の街の減少よりはまだ人口減少は少ない。
一方で原発事故があった、福島県では復興庁は継続する。ほぼ永遠に居住が出来ないとされる、帰還困難地域がある。放射線量で年間20ミリシーベルトを下回らないと人は暮らさない方が良いとされている。やはり、福島県には汚染土壌の処理や、原発の解体撤去まで、これからも復興対策が採られて行く。
福島県の復興は大震災や大津波の被害からの復興と言うよりも、原発事故からの復興と言うことになる。こうした費用も本来であれば、原発電気には含まれなければならない。原子力発電がどれほど高価な電力になるのか、本当の原価計算をするべきだ。
何しろ、中部電力ではこの地震被害の想定を、虚偽申告して原子力発電をしようとしていた。もうすでに、原子力発電で起きた福島の壊滅状態を忘れているのだ。また事故は起きないと言う、原発神話に先祖返りして、古い使用期限が過ぎた原発を、手直して使うとしている。あきれ果てる。どうしてもやりたいのであれば、新しい知見を取り入れた、安全性の高い原発施設にしなければ。
東日本大震災後の復興を見ていると、日本の停滞の姿が見えてくる。人口減少が起きていた地域に、大災害が起きた。するとその災害を契機に一気に人口減少が進む。日本が低迷している要因がそこには見えてくる。日本人の人間としての活力の衰退である。
かつての日本人はもう少し何くそというふるさと愛があったのではないだろうか。そう簡単に先祖伝来の土地から離れなかった。そして何とか復興を果たしてきたのだろう。郷土愛のようなものが薄れて、諦めてしまう人が増えたのかもしれない。
何故日本人が活力を失ったのかを考える必要がある。私は日本人の活動が一次産業から離れたからだと想像している。身体を使う仕事を厭うようになることで、人間の意欲や、活力が失われるのではないか。人間は身体的実践と、その反省としての頭脳の活動が連動して、未来に対する活力が生まれる。
それは、原始時代からの人間の社会が成長してきた、原動力だったような気がする。日本の高度成長が起きた原因は、農業分野で肉体を使うことで成長した観察力のある創造的人間が、工業分野で働くようになったからではないか。農業で培った観察力が、工場で生かされた。
所が、身体を使う労働を止めてしまった人間は、頭だけで考える人間になる。身体を使い身に染みるという成長がなくなる。実践力の伴わない、頭だけが肥大化して行く。そのために、動物としての活力が不足を始める。座って考えて居て、歩きながら考える人間ではなくなる。
実は肉体労働は楽しいものなのだ。身体の疲労が心地よいものになる。底に肉体と精神の連携がある。世界中の宗教が、行というものを肉体に求めてきた。苦行である。身体で学ばなければ、成長できないと言うことを人間は、身に染みて理解していたのだ。
頭だけで、不労所得を狙うようなことは、人間としての劣化なのだ。そういう両親に育てられた子供が、どんな人間になるのか考えただけでも恐ろしいことだ。人間はもう一度肉体労働の意味を、人間性との関係から問い直すべきだと思う。
地方の過疎化は、もう一度人間を作り直す場所として、見直してみたらどうだろうか。自給的に生きる場所である。自給的に行きたいという人に、提供する。自給的に生きるのだから、様々な社会的インフラは不足していて良いだろう。
東北に宮沢賢治が目指した、イーハトーブ運動を起こす。自給的生活を通して、たくましい人間を生み出す。身体を使うことの楽しさを知った人間になる。地方の中山間地での暮らしこそ、愉快に生きることの出来る人間を生み出す。
人間が変わらない限り、中山間地に生き抜ける人は減少して行くことだろう。私は自給自足の生活は、神奈川県の山北の山中で30代に挑戦した。4年間で達成できた。どれほど楽しい暮らしであったかと思う。その体験から、みんなでやる自給に今でも挑戦している。
76歳ではあるが、身体を使い農作業が出来る。それから40年自給農業を継続してきた、おかげで健康である。みんなで行う新しい自給農園作りの冒険を楽しむことが出来る。その原点は、山梨県の藤垈の向昌院で生まれて、自給的生活を体験したことにある。
次の時代の人間はますます、頭だけで暮らすことになる。日本人はこのまま衰えてしまいそうな気がする。今は土壇場に来ている。よほどの覚悟をして、日本の方角を変える必要がある。そうしなければ、日本人は小さな拝金主義者の群れになる。そして衰退して行く。
東日本大震災はその自然からの警告だったと受け止めるべきなのだろう。このまま行くことが出来ないということだった。人間に肉体の意味を考え直さなければならない。と教えてくれる機会だったと受け取らなければならない。そのことに気づき始めた若い人たちも沢山出てきている。
のぼたん農園でも、次第に若い人たちが集まり始めている。様々体験をしてきた若い人たちが、生きて行く道を身体を動かすことで模索している。こういう動きが大切なのだと思う。私がいなくなったとしても、きっと次の人がイーハトーブを作り続けることだろう。