自給の思想

稲の苗。
沖縄でヤンバルクイナを2羽も見た。青ヶ島ではアカコッコを見た。それをブログで確認していたら、青ヶ島では普通に良く見るという事が書かれていた。それでどんな人だろうと「このサイトについて」を見たら、自己紹介が書かれていた。
それで、この「地場・旬・自給」ブログに自己紹介文がないということに気付いた。日記のつもりだったので自己紹介の必要を感じていなかった。しかし、読んでくれる人もいる訳だ。何かの記事でこのブログに来てくれても、どういう人間なのかということが分からないのもどうかと。
今更のことであるが、自己紹介させていただく。「あしがら農の会の仲間」「 Peace Cafeの常連」「水彩人同人」「発酵利用の自然養鶏」 ここまでは以前書いた。この記事は何年も前に描き始めたものだ。なぜか、未公開になっていた。
自己紹介・・・・
小田原の箱根山麓の久野の、一番上の方の集落「舟原」という所に暮らしている。笹村農鶏園という自給農業を試行している。1町歩くらいの田畑を管理している。一人でやるというだけでなく、『あしがら農の会』という仲間で、協働でやっている所もある。
田んぼをはじめとする農業全般が好きである。特に鶏が好きで、小さな子供の頃から鶏を飼っていた。犬好きでもあり、猫好きで、金魚もだいぶ飼った。その上植物も好きであり、原種の洋らん特にパフィオぺデュラムが好きだ。
生き物が好きではあるが、知識が深い訳ではない。ただその周辺にいれば嬉しいという程度のものだ。鶏については、長年養鶏をやっていていてそのことをまとめた、「発酵利用の自然養鶏」という本を農文協から出させてもらっている。鶏の飼い方を書いたものは少ないので、飼育法として有効なものだと思う。
好きなことばかりやっているのだが、絵を描くという事は、ほかのこととは自分の中では少し違う。何としてももう少しやりたいと思っている。
生まれたのは山梨県東八代郡境川村藤垈の向昌院である。1949年夏、曹洞宗のお寺の味噌蔵の上の、中二階に生まれた。その後東京で育ったが、藤垈の自然の中に、何度も戻っては暮らした。多分その体験が自分という人間を作ったと考えている。
修業は全く足りないが、、寺院と関係していない僧侶である。僧名は笹村出雲(すいうん)という。1986年山北の山の中へ通いの開墾生活を始める。大島の噴火が見えた。最初はアトリエを作ろうということで1988年に移住した。
興味半分でシャベル1本で自給生活に挑戦する。案外と簡単に達成出来た。そのときにはじめて、絵を描いて一生このまま暮らせるようになった。自給農業をまとめてみようという気持ちになる。その過程を書きとめておこうということが、このブログの直接の意図である。
自給農業で安心できれば、平和な国が出来ると考えている。自給農作業を毎日最後に記録している。この5年間の平均の年間作業時間が300時間程度である。ブログに毎日の作業時間を記録しておき、確認した。
平和への道として、段ボールコンポストの普及に力を入れている。イラク派兵を反対することをきっかけに、「ピースカフェ―」という小さな通信を作っていた。参加者のブログの輪を作ろうということになり、設定までしてくれて始めた。
今でも分からないときは教えてもらっている状態である。始めてみると、この公開日記という形が、自分には合っていたようである。ともかく毎日継続している。平和への道は安心して自給で暮らす事だと思う。その具体的なきっかけを作るのは、段ボールコンポストを始めてみることだと思っている。
循環というものが、言葉ではなく体感できる。もう自給生活で25年が経過した。(今は自給40年になる。)「100坪の土地で、1日1時間働けば、食の自給はできる。」この事をもっと楽に出来ないか、日々の工夫を楽しんでいる。自給体験をしてみたい人は、手作りした小屋があるので、そこに泊り体験も受け入れている。
ここまで書いたのは、15年前のことだ。62歳の頃に書いたことになる。何故かブログの中で公開されずに残っていた。今は石垣島に来て8年目に入る。この自己紹介文と少しも変わらず暮らしている。文章のゴミ箱に入れないで、このままその後のことを書き足して、公開することにする。
5年前に石垣島崎枝で「のぼたん農園」を始めた。小田原でのあしがら農の会には月一で参加する生活が、7年間は継続した。2拠点生活も、石垣に主軸が移り、だんだんと距離が離れてきている。今年あたりから、2ヶ月に1回ぐらいに減らさざるえないと考えて居る。
のぼたん農園は今4ヘクタールになった。ラインに登録した仲間は49人になった。実際に実働している人たちで、30人以上は居るのだろう。あと6年間でのぼたん農園の自給活動を軌道に乗せるつもりだ。それは私の身体が農業者として動ける時間だ。
今年も田んぼで一応線引きもできた、田植も出来た。まだ何とか動ける。動けなくなれば、活動も出来なくなる。一日でも長く続けたいが、終わりは必ずある。それでもあと6年間なければこののぼたん農園の構想も実現が出来ない。これだけは悲願だ。
のぼたん農園は自給農業の実践と研修の場である。石垣島のイーハトーブである。自給的に生きて行ける人間になる場所である。自給農業は1人でやる農業ではない。共働する農業である。1人は簡単だが、みんなでやると言うことが難しい。人間というものはそういうもののようだ。
みんなでやれる人間になるための場所である。そういう人間に成長するための、学びの場所である。人間は1人で生きるものではない。のぼたん農園で互いに学び、どこかに巣立って行き、みんなの自給農園を作っていって貰いたいと考えている。
世界は日に日に悪くなる。世界を変えることは出来ないが、希望の道を歩んで行くことは出来る。自給農園はどんな世界になっても生きて行ける道になるはずだ。食糧の自給が人間らしく生きる基本になる。自分1人の食糧の自給は共働すれば、一日1時間の農作業で可能になる。
大切なことはその土地にあった農業技術の確立である。小田原と石垣島では違う農業技術の確立が必要だ。その技術の確立のためには、自然の観察力を培うことだ。その年の気候の予測が見えてくるぐらいの、観察力を育てる場にのぼたん農園が成れば良いと考えて居る。
自給農業技術の確立、以上に難しいのが、共働できる人間になることだ。私自身も日々自分に問いかけている課題だ。みんなから学んでいることだ。人間というのは実に素晴しいものだと思う。人間が様々な場面で尊い行動で教えてくれている。1人のことは1人では終わらない。
のぼたん農園が自由に気持ちよく働ける場所になれば、互いに学びの場になる。もう実現されているのかも知れない。のぼたん農園はあらゆる人を制限なく受け入れている。あらゆる思想の人が参加する。大きな能力差もあるだろう。
その千差万別の人が共働という価値観をとおして、自給できる人間に成長して行きたい。予約済み: 2032年6月1日 05:15