日本の可能性

      2025/07/17

日本の水土というものに根ざして絵を描いている。マチスやボナールは好きだが、やはり、中川一政や、鈴木信太郎の絵の方が近い。人間は水土によって作られるのだと考えて居る。私の絵は藤垈の向昌院から見た甲府盆地の水田から始まり、のぼたん農園から見ている海に連なっている。

日本は停滞した。その原因の一つはコンピュター革命への対応が遅れたからだろう。30年前までの日本はうまくいっていたので、転換する必要が小さかった。このままでも何とかなると考えて居た内に、出遅れてしまった。マイナンバーカードがうまく進まないことでもよく分かる。

日本の政府が国民から信頼されていないと言うことが、根本にある。これは当たり前のことで別段悪いことではない。そこが日本の良さであり、後れの原因でもある。そこを力で押し切ってしまう国が多い中。民主主義的に行えば、時間はかかる。中国だってアメリカだって、政府は信用などされていないはずなのだが、信頼とは違う政府と国民の関係がある。

ところが、日本では政府はお上であり、何とかしてくれる存在という前提だから、政府に対して国民の甘えがある。つまり国民と政府が、契約関係であるというのが、ヨーロッパで生まれた国家と国民の関係である。国民が国家を形成する際に、互いに契約を結び、その結果として国家権力が生まれるという考え方。

この契約によって、国民は国家に一定の権利を委ねる代わりに、国家は国民の権利や安全を保障する義務を負うことになる。国民に対する契約書が憲法という物になる。憲法に従い、国の運営を委ねられたのが、政府である。ところが、日本では政府はお上で、国民と憲法という契約があることを忘れている。

こうした、国としての成り立ちに対して曖昧なまま近代国家になった日本は、強引に明治帝国主義国家を作る。しかし、そのヨーロッパの帝国主義国家のまねをした国家体制は地に足が着かず、軍部の力が増して、政府が統制できなくなる。そしてみじめな敗戦に至る。明治帝国主義の日本はご破算になったはずだったが、そのものまね国家明治帝国を、自民党が党是として掲げ、再興しようとしている。

この歪んだ思想が、敗戦によって、アメリカが作ろうとした日本の民主主義国家の成立を妨げてきたのだと思う。しかし、その理想主義的な憲法によって、国民に対して政治の方角を定められた平和主義的な日本のはずが、繰り返しその憲法という約束を破り続けるという、ことになってしまった。

この自己矛盾を抱えたままの日本の政治体制が、いよいよ崩れ始めている。自民党の封建制で固着しているかのような、前近代的な政党の存在が終わろうとしている。自民党に頼るしかないだろうという、頑迷な自民党主義者達もさすがに、もう自民党に任せて置いてもダメだと言うことは自覚してきたようだ。

多様な政党が出現している。保守政党としての自民党に期待できない。政府に対してきちっと批判が出来る野党としての立憲民主党にも期待が出来ない。そこで、多数の政党が出現し、国会で議席を得るようになった。政党が変わろうとしていることは日本の政治にとって良いことではあるのだろう。

ただし、各政党が目指す国の姿がまだ私にはよく分からない。参議院選挙では各政党がわかりやすくを心がけて、政見放送を行っているとは思う。それでも、根本的な日本の方角が見えてこない。一体コンピュター革命にはどう対応するのか。外国人労働者問題などすべてはこの中の問題なのだと思う。

食料はどのように生産するのか。いざ食糧不足になったときに、全く助けてはくれないのが、アメリカという同盟国だと言うことはよく分かったはずだ。その日本の食糧政策は結局個別補償しかないという、立憲民主党の主張がある程度納得がゆくが、それだけでは未来の展望が見えない。

そして、日本の安全保障の根幹となる、同盟国との関係である。トランプのやり方はひどすぎる。同盟国としての儀礼に欠いている。まるで敵対する国家との交渉ごとのようである。つまりアメリカは日本を同盟国とは考えて居ないのだ。どの国もアメリカ月ごうよく利用できる国に過ぎない。

しかし、今度の参議院選挙で一番の選択になるべき、アメリカとの同盟関係の、見直しについては、唯一共産党が触れているぐらいで、その他の政党は触れないようにしている。どの政党も情けないが戸惑ってしまい判断が出来ないと言うところが、実情なのだろう。

アメリカから攻撃を受けているすべての国が、連携して動く必要がある。現在分断されて、個別に対応をしている。これではアメリカの大きな力に対して、対抗できない。少なくともアメリカが恐れるような経済規模で連帯して、アメリカと交渉すべきだ。出来ない理由は幻想のアメリカとの同盟関係だ。

日本は同盟国として反アメリカ連合の結成に遠慮をしていたかもしれないが、そこがアメリカの交渉の仕方が巧みだったのだ。もうそんなことを言っている場合ではない。少なくとも利害の近い、東アジアの国々で、連携をして交渉に当たらなければ、時間切れになり、このまま押し切られることになる。

緊急に、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、シンガポール、インドネシアと連携を取り合い、対中国関係を模索しながら、アメリカと関税交渉を団交するべきだ。もしアメリカが強引に進めるようであれば、そのときには中国との関係を深める以外にないことをアメリカに同盟として伝えるべきだ。

アメリカは軍事力を背景に圧力をかけているわけだが、それはあくまで中国を仮想敵国としたものだ。現在はむしろ中国の方が、利害の一致する国になろうとしている。反アメリカ連携に、中国やインドも加われば、間違いなくアメリカは譲らざる得ないことになる。

と思いながらも、日本政府はアメリカの属国意識が抜けないだろう。このまま進み、いくらかの関税の%の緩和ぐらいで終わりになりそうだ。さらなる日本の停滞が、進むことになるのだろう。そう考えて覚悟をしておかなければならない状況が近づいている。これが日本なのだから仕方が無い。

日本はどうすれば良いのかである。日本は中堅の国家として、できる限り貿易に依存しない自立した国を目指す必要がある。経済は縮小し、それぞれの暮らしもさらに辛い物になるだろう。しかしこれも受け入れざる得ない覚悟をした方が良い。各政党の主張するような、良くなる展望などどこにも無いという覚悟である。

日本の良さはやはり、この多様で美しい国土である。この国で8~6000万人であれば、自給的に暮らして行くことは出来る。幸い人口は減少して行く予測であるし、そう遠くない2050年ごろには、1億人よりも減少するはずだ。1億人を超えた日1966年3月を覚えている。世田谷高校に入学したときだ。日本人一億人越えの期間は百年はなかった。

人口が多くなりすぎたことが、日本の方角を間違える原因になった。今でも人口増加で地方再生などと、各政党が主張するのは、日本の方角を間違えているからだ。日本は日本という国土で、安心立命で暮らせる国作りをすべきだ。まずは食糧の自給を最優先とすべきだ。そうであれば、まだ人口は多い。

そして、技術立国である。農業技術では日本は何百年もトップの国であった。日本人には、技術を極める百姓の力がある。その百姓力が、産業革命にも対応し、様々な分野で世界のトップを維持できる技術力を確立した。ところが日本人は農業をやらなくなった。その結果人間力が特に見る力が衰退した。

政府は教育の方向が間違ったと考えて居るが、そうではない。暮らしの中で培われた人間の豊かさが失われたのだ。それは、芸術分野において明確に現われている。豊かな感性のある。観察力のある人間がいなくなった。そのことで日本は停滞した。そして困ったことに、その失ったものに気づくことがない。

もう一度、日本の素晴らしい自然環境の中に戻って暮らす方が良い。そこに日本の可能性がある。遠回りに見えるが、江戸時代の日本人に戻る覚悟だろう。それさえあれば、日本人は再生できる。しばらく苦しい年限が続くのだろうが、自給自足からやり直す覚悟でやる以外に、方角はない。

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