食品と放射能問題検討共同テーブル

   

「食品と放射能問題検討共同テーブル」という組織が、昨年の11月に発足した。株式会社大地を守る会:株式会社カタログハウス:パルシステム生活協同組合連合会:生活クラブ事業連合生活協同組合連合会の4団体である。政府の放射能基準が機能していないので、消費者団体系の流通業者が新基準を目指して動き出した、というものであった。生産者にとってこうした動きは何を意味するのかを考えてみたい。養鶏業者として講演依頼を受けて話したことがある団体もある。販売をさせてもらったことのある団体もある。放射能問題を販売強化のチャンスにしている。放射能対応で成功している。測定活動や厳しい基準を作ることで、消費者を引き付けている面がある。しかし、結局は統一基準は作られていない。ポーズだけは素晴らしいが、長い目で考えれば、消費者を守ることにはならない。政府は暫定をはずして一般的食品を100ベクレルに決めたが、4団体としての基準はない。消費者というものは目先の放射能で判断する。生産者が居なくなれば、輸入すればいいと考える。

各団体は、福島の生産者を抱えている。買い取りを前提で計画生産をしていたものを解除したと聞いた。同時に福島の生産者の支援も行っていると、強調している。また、産地別セットという形や、放射能不検出品として食品の販売を行う。福島の生産者は追い込まれ、福島から遠く離れた生産者は販売を伸ばしている。という大きな構図を作り出す。中間地である小田原では、食べる人によって対応が違う。わたしの卵は、放射能不安から止めた人、あるいは止めてもらった人等が居る。生産者として喜んで食べてもらえないものなど生産したくない。正直販売はすべてやめたい気持ちだ。放射能はしきい値が無いということで、0,1ベクレルでもあれば厭だという考えも成り立つ。自然放射能はどうなのかとか、医療用放射能はどうなのか。そんなこととは関係が無く、より低いものを食べたいという消費者の選択は、当然の選択になる。否定はできないが、生産者として耐え難いことは変わらない。

放射能問題を通して、生き方が問われた。農の会の関係者でも関西に移転した3家族がある。立派な判断である。それぞれが生き方をかけて、判断すべきことなのだ。リスクのレベルを政府が決めることなど出来ない。食糧を販売しているということは、一期一会だと考えていた。いま、作ることはできないが、いつかは共に作る人になるという、共通認識を食べる人に求めて来た。どのように暮らしてゆくかという事が問われた。食糧は移動させてはならない。わずかでも嫌なら、その土地を離れる方がいい。私は小田原で問題ないと考え、離れない判断をしたということである。離れない以上すべてを受け入れて、放射能が移行しない生産をしようと考える。例えば、青草を与えれば、放射能が卵に移行する。与えなければ良い卵にはならない。私は小田原レベルなら、青草を与えた方がいいと考えている。それは自分が食べる上での判断である。放射能だけに目を奪われてはならない。食べ物の力は総合的なものだ。

4団体は政府の新基準値に対するパブリックコメント意見が出している。やはりここでも統一基準を示す事が出来ない。自分がやろうとして出来ないでいる事を、相手に求めることは感心しない。放射能に関する、一般論、抽象論を主張しても意味が無い。消費者向けのポーズだろう。放射能汚染の水準を線引をして、進める以外にない。私自身は当初から100ベクレルを上限にした。それ以下なら喜んで食べることにした。その結果の、私の生ごみ堆肥は、24ベクレルだった。基材も私の家の枝だ。ということは、50倍以上に濃縮されているので、食品からの接種は1ベクレル程度である。政府は玄米を100ベクレルとしている。10ベクレルと決めた組織がある。この場合東北・関東の生産者はほぼ切り捨てだ。もちろん10ベクレルにもならないお米も多いが、米袋ごとに値は違っている。10ベクレルまでの厳密な測定自体が無理である。それぞれの考え方だから構わないことだが。切り捨てられた生産者として、記憶しておく。

昨日の自給作業:苗代作り。3時間 累計時間:10時間

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