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笹村 出-自給農業の記録-

日本人が冬季オリンピックで大活躍

   

 

開催中の冬季オリンピックでの日本人選手の活躍が、すばらしい。同じ日本人として愛国主義的になって、手放しで喜んでしまう。あまりの大活躍なので、怖いくらいである。何故こんなに日本人選手が力を発揮できるのだろうかと不思議な気もする。

冬季オリンピックはイタリアで開催されている。今女史フィギア-スケートフリーが放映されている。ドキドキして日本選手の登場を待っている。きっと素晴しいスケートをしてくれることだろう。若い日本人が、スポーツに打ち込む姿を見ると、日本の希望を感じる。

ミラノの映像が良く出てくるのだが、ダビンチの最後の晩餐とミケランジェロの未完のピエタ造を見に2度行ったことがある。絵はかなり痛んでいた。テンペラ画の壁画は傷んでしまうことがある。描かれた建物の条件によっても違うが、この絵は傷んでいて、絵としては不十分なものでおかしな手入れもあった。

傑作とはとうてい言えないな。と思えた。ダビンチは群像ではその内的な深さが消えて行く。ダビンチは1人を描いた女性像が良い。テンを抱いた女性像。モナリザ。ほつれが髪の女性像。イタリアというとついダビンチを思い出す。ダビンチの絵が見たくてクラクフまで行ったことを思い出す。

ピエタ造は人間が作り出した最高傑作ではないかと思う。88歳のミケランジェロが命を燃え尽きる日まで、完成を目指していたので、「未完のピエタ像」、と呼ばれている。もうここまでで良いと神の命が降りたのはないか。と思うほど完璧な作品だ。この像だけが置かれていたミラノの部屋を今も思い出す。

話が冒頭からずれてしまった。ついつい自分の思い出話に入ってしまうのが、年寄りになったためかも知れない。でも修正せずに続けようと思う。オリンピックを見ていて若い日本人を見直した。若い人たちが好きなことに熱中し、世界で大活躍する姿が余りに感動的なのだ。やりきった姿をみて、私まで勇気が湧いてきた。

日本は苦しい状況にある。藁をもつかむつもりで、高市政権をつかんでしまったぐらいだ。こんな状況の中で、何故メダルを取るほどに頑張る若い人たちがいるのかと思うと、日本人は違うところに進んでいるのかも知れない。とも思うようになった。最近のぼたん農園に加わった若い人も、確かに少し違う。

若い人は、とひとくくりに見ているわけではない。1人1人人間は違うから、年齢も関係もない。日本人もないわけだ。好きなことがやりたくて仕方がない人が現われている。これはまたとないほど大切なことだと思う。好きなことがない人が昔の方が多かったような気がする。

所が、のぼたん農園に現われる人は、農作業が好きな人なのだ。37歳で自給的に生きようと、開墾生活に入った頃は、そんな生活を目指す人は白い目で見られた。同じような道を生きる人はそう多くはなかった。今はのぼたん農園に49人も集まっている。

もちろん私も農作業が好きで、毎日田んぼに関わっていればそれだけで良いのだが、そんな人が若い人の中にも沢山いるということが、嬉しくなってしまう。メダルがすべてではないが、メダルの数10位までの国でみると、今の所、ヨーロッパの国以外では、アメリカと日本だけだ。

日本の若者がスポーツに熱中している。このことが素晴しいと思う。どうしても世の中の風潮がお金に関わることばかり、熱中しているように感じてしまうが、そんなことはないようだ。好きなことに生きようとしている若者がいる。たぶんスポーツだけではなく、どの分野でも同じなのではないか。

社会全体で、若者が好きなことにのめり込む情熱を、育てていかなければならない。経済成長につながるというような打算的なことばかり見ていては、伸びる才能も萎えてしまうことになる。何にもならないことだってかまわない。世界一になるほど本気になれることを大切にすべきだろう。

冬季オリンピックを見ていると、科学的トレーニングの重要性を感じる。よほど整った施設があり、科学的知見を取り入れたサポート体制がなければ、どれほどの努力しても、トップ選手には成れないのだと思う。例えばボブスレー競技を考えればよく分かる。

日本では札幌オリンピックのボブスレー競技施設が廃止され、現状では一つだけボブスレー競技施設がある。長野オリンピックの時に出来た施設だ。しかし、維持経費が捻出できず、実際にはここも運営されていない。この状態では、海外に練習に行く以外ない状況で、オリンピックで活躍するほど練習が出来ない。

たぶんヨーロッパの国々に比べれば、世界中の国が同じような状況なのだろう。その中ではまだしも様々な冬季スポーツ施設が存在する日本が、恵まれた方なのだろう。滑降競技の出来るスキー場は白馬八方尾根スキー場がある。オリンピックコースが残っている。

八方尾根は学生の頃登山に行ったことがある。テントを担いで登った。日本ではまれな鉱山の風景が続く。山の景観が素晴しい場所だった。あの場所にスキーコースが作られるのかと驚いたが、上部まで車で上れるようになり、絵を描くには最高の場所である。

国立公園の環境破壊だと言われながらも作られた競技場である。一体環境とは人間のためのものであるはずだ。環境原理主義は大嫌いだ。その後絵を描きに何度も行くが、昔より整備されて良くなった気さえする。オリンピックコースを1800mの高度まで上げると言うことが問題になり、環境保護から国立公園地域の破壊になると言われた。

オリンピック後も調査はされたようだが、特段環境破壊の問題は起きていないという報告書がある。結果的には標高1850mに達するリフトが作られ、年間利用者数は、なんと約60万人もいるという。私もその1人であるが、素晴しい景観を気軽に、誰でも見ることが出来ると言うことも、国立公園の価値だろう。

滑降競技場は10カ所程度あるらしいが、実際にいつでも整備して使えるようになっているところは、八方尾根くらいだろう。登山に行って滑降コースを眺めたことがあるが、あまりの急斜面で、選手レベルでなければ使うことも出来ないように見えたが、標高が上の方だからと行って遊びのスキー客も楽しめる場所もある。

この遊びでスキーを楽しむと言うところから、競技人口が増えて、素晴しい選手が出てくるのだろう。スノーボードで日本選手が大活躍なのは、スノーボード施設が10カ所以上あると言うことになる。ジャンプが出来る施設も日本には沢山ある。こうした環境がスノーボードやジャンプが特別に好きな選手の登場につながるのだろう。

好きなことを好きなだけ遊ぶことが出来る。これが日本人が目指すべき方角だ。確かにこれは難しいことではある。周りのサポート体制もなければ、好きなことをやりきることは難しい。オリンピックに出ると言うことは様々な形で支援体制があると言うことだろう。

今の日本は厳しい経済状態であるとは言え、まだ選手を支援する体制が存在している。高度な技術開発も続けられているのだろう。冬季オリンピックの種目は競技器具の開発競争でもあるのだろう。空中を飛んだり、回転する競技が多いが、かなりの施設がなければ練習が積めないのではないかと想像できる。

日本にはそうした高度練習施設があり、器具の開発をするレベルの高い企業も存在すると言うことだろう。そしてそうした費用を支える、国民全体の合意もあり。応援するファーンの数も多いのだろう。どの選手もサポートへの感謝をインタビュー-で答えている。まだ日本選手は登場しない。

 

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