展示室の完成

   

水彩画展示室が完成した。150号を4点と中盤全紙を2点掛けてみた。自分の絵の事が、あからさまにわかる。大したものではない。思った以上の効果で大満足である。自分の絵が自分の考えている絵として、許せるかどうかである。大した絵ではないという事が先ず分かる。まだまだであると言う事が、よく分かる。まだまだ、描くべきことが山ほどある。そうみえると言う事は、やること、やれることが、いくらでもあると言うことだ。自分の絵に到れるとするなら、この先の事である。この家に越してきた時から、考えていた展示室を作ることが10年かかって実現できた。ありがたいことである。何故こんな馬鹿げたことをしたくなったのかといえば、見る力を高めたかった。描くことより見ると言う事の重要性である。見る事の出来ない者に、描くことは出来ない。見るという力を、磨かなければ外に表和す事はできない。自分が感じているものを表現するには、視覚的に感じているものを見る力だ。

展示室で重視したのは、自然光である。天窓を三つ付けた。ライティングも充分考えて、配置したが、あくまで自然光で見れるようにした。良い色で描くためには、良い色を見分ける事が出来なければならない。人口の光では、良い色はわからない。ボナールやモネの色彩のすごさである。色で自然が発している相当の事が表わされている。そうした微妙な色彩を使い分けるためには、その違いが分かる環境で描かなければ、やりようも無いことだ。自然を見てほとんどの描く事を見つけている。そのためだと思うが、絵を描く時は、出来れば野外の日陰の環境が良い。それは自然から受けるものが圧倒的で、自分の頭で捻り出すものなど、及びもつかないと感じていると言う事でもある。あのすごさを描き止めることが出来れば、それが自分だとも思っている。

天井高も出来るだけ高くした。部屋の天井という圧迫感が無いようにしたかった。壁は布クロスを張ってもらった。粗いマットのような感じである。淡いベイジュ、生成りのような感じである。天井も同じに張ってもらった。水彩画の柔らかな調子が見えやすいようにした。床の板張りは以前のままである。部屋の中央には、4メートルほどの長いベンチを置いた。板は御殿場の満仲さんの家の前にあった、カエデである。昔の弥生画廊の印象からである。部屋のコーナーには、カヨ子さんの鳥の彫刻を置いた。部屋はもう一室あって、そちらは東南の角部屋で、窓から外光が充分に入る。中央に大きなテーブルを置いた。小さい絵を掛ける部屋である。こちらも同じ壁紙で張った。少し、部屋の感じを変えて、小さい水彩画が見やすいようにした。

いずれあと20年の計画である。この先どれだけの絵が描けるかは分からないが、できるだけの事をして見たいと思っている。自分の見えているものを、何とか画面に実現してみたい。そう言う事が出来るのかどうかもわからないが、やれるだけの事をやって見たい。今の状態を考えると、道は遠いのだろう。たどり着く可能性も低い。60を過ぎて、まだ道筋さえ見えない。かろうじて方角が分かる程度である。それでも、自分がこれを道筋と定めたのだから、やれるだけはやる。そのために展示室も作ったわけだ。個展を止めた。個展をやっても何も勉強にならなくなった。自分の絵と対峙する為には、どうしても必要な展示室だった。人に見せることは必要は無いが、自分では見ないといけない。その為には、自分のための展示室がどうしても必要になった。

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