小田原ブランド
先日、松本大地さんが養鶏場に見えてくれた。鈴広の鈴木さん等が企画された、小田原の循環型の仕組みづくりの、現地見学なのだと思う。鈴木さんにも、松本さんにも初対面であったが、小田原の将来にとって大切な人であることは、十二分に認識している。ハードスケジュールで一辺に回ったようだが、志村米店さんの企画のようでもあった。鈴廣の方は以前、熱心に見えたことはあった。その後、こちらから連絡しても連絡がぷっつりと途絶えた。大きな会社だから、色々あるのだろうと勝手に想像している。松本大地さんは小田原の街づくりにとても熱心に取り組まれているようだ。もちろん始めてお目にかかった。しかし、最近お名前はとても良く見かけるので、どんな方かお会いする前から、旧知の方のような気がしてしまった。小田原ブランドと言う事を模索されているのだと思う。
二宮ブランドとか、湘南ブランドとか、周辺のまちでも地域おこしにこうしたことが模索される。小田原土産と言えば、かまぼこ、アジの干物、菜の花や正栄堂の和菓子。頼まれるのはウイロウ。新しい物産でも探ろうと言うのが、小田原ブランドではないはずである。京都ブランドと言えば、京都という街の魅力である。古都京都に暮したいと言うような思いの集まる、ブランドであろう。小田原のブランドと言えば、これからの暮らしを、模索できる場所。あらゆる要素の詰まった街。観光地でもない。通勤のための住宅地でもない。日本人の暮らしのある当たり前の街。実はこの全てを壊してきたのが、20世紀の日本。普通に田んぼがある。山がある。海がある。そしてそこには、まだかろうじて、生業としてそこに暮す人が居る。もちろん消えかかってはいるが、林業に暮す人も、漁業に暮す人も居る。日に日に消えているが、様々な職種の職人も居る。もちろん畑作も、稲作もある。そんな街は他にあるだろうか。
小田原ブランドは「小田原の暮らし」にある。浜辺を歩きたい。川べりを散歩したい。蜜柑の丘を散策する。人間らしい暮らしが出来る町が、小田原である。田んぼをやって見たい。山遊び。山菜取り、栗拾い、木の子取り、竹の子堀。海遊び。魚釣り、潮干狩り、磯遊び、海草拾い。漁港の朝市。田んぼでの稲作。蜜柑の丘での菜園。川辺を歩けば、富士山の白い姿。箱根連山。丹沢の山系。曽我丘陵。遠く囲まれながらも、広々とした豊かな平野。人間の暮らしを再生できるとするなら、小田原は最適な場所である。あしがらに移り、20数年が経つが、自給自足をしてみたくなったのは、この地域の豊かさに触発されたのだろう。土壌のよさ。水の豊富なこと。日当たりのいい地域である。小田原はそれこそ、屏風に囲まれた最高の風土。暮らしを起こす気になる土地。他の者と、地の者とが、ほどほどに関係している土地の気質。これは東海道の宿場としての歴史か。
西の文物北の物産の交流拠点。ここで若干留まり、次に受け継がれてゆく土地。縄文弥生の古くから、動きのある土地であった。今は東京との距離。通勤には少し遠いいが、不可能ではない場所。次の時代を生み出しうる場所。私の住む舟原の魅力は、里地里山の暮らしの可能性にある。これを増幅して行けば、ブランドになる。軽井沢が別荘地としてのブランドであるなら、小田原は暮らしの深さ、奥行きにある。これは日に日に後退している。もう危うい所にある。しかし、今ならまだ可能性はある。可能性の大地小田原。次の時代の暮らしのヒントが沢山ある街。そうした仲間が居て、既に暮らしを模索している街。自給自足をしてみたければ、誰にでも始められる町である。農業に、林業に、漁業に、地に足をつけて暮したいと思えば、可能な街。つまり、地域に消費者が居る町。