歴史とはなにか。

城が面白いという人が増えている。悪趣味なことだと思う。全くくだらない時代になったものだ。城は砦である。武力の象徴である。権力の大きさを見せようという、権力者のグロテスクな象徴なのだろう。哀れなものである。それを眺めることを趣味にするなど、どこまでいやらしい人間だろうか。
歴史で重要なことは、日本人が、日本列島に暮らす普通の人が、どのように暮らしてきたかである。権力の変遷など今生きている私には、大した意味はないことになる。普通の庶民がどのように暮らしてきたのかが本来の残さなければならない歴史なのだ。
所が学校教育が悪い。「いい国作ろう鎌倉幕府」などと権力の動きだけを歴史だと決めつけて歴史の教科書が出来ている。鎌倉時代の権力闘争が分かったところで、1100年当時の小田原の庶民がどのような農業をしていたのかなど、学ぶところがない。
お城など軍事力の象徴ではないか。あんなものを眺めて面白いという心境は、最悪である。権力や武力に憧れているのだろうか。人間として薄っぺらそのものだ。講談話を聞いて、歴史に思いをはせるのでは、歴史を物語として受け取り終わりである。
本来知らなければならない鎌倉時代の歴史があるとすれば、小田原の平野部が農地として開けたのは鎌倉時代頃であるか。千年前の農業はどんなものであったのか。まだ山岳部だけに人は暮らしていたのだろうか。修験道の時代の箱根から丹沢の山岳部にどれくらい人はいたのだろうか。
千年前の田んぼはどのような田んぼだったのか。普通の人はどんな食事をしていたのか。食べ物の流通はどんな状態だったのだろうか。医療、教育は、識字率は、ご飯はどの程度食べられていたのだろうか。白米なのか玄米なのか。蒸していたのか、炊いていたのか。どのように籾すりをしていたのか。私にはそういうことの方が興味がある。
お城を訪ねて刀剣など眺めて何が面白いというのだろうか。殺戮の道具を愛でるなど悪趣味ではないか。健全な人間は武器などから遠ざかるべきだ。お城からも遠ざかるべきだ。人間には武力に憧れるような愚かなところがあるのは分かるが、その愚かさを克服してこそ、人間らしい人間になれるというものだ。
NHKがこの日本人の悪趣味を増長させた。大河ドラマというやつである。私は見たことがないので、そのドラマの内容については批評できないが、今豊臣兄姉のドラマをやっているらしい。やたらNHKは自局の番組の宣伝をするので、今どんな大河ドラマをやっているかは、教えられてしまう。
そもそも、視聴料で宣伝をやるなどおかしいではないか。まあそれは良いとして、庶民が成り上がり、武将になり、天下を取る。いやらしい人間である。関わりたくない人間である。まあ様々な武将のドラマを放映してきたわけだ。あれで日本人の歴史観が形成された。
本来どうでも良い歴史を、人間の歴史のように印象づけたのだ。権力者の変遷など、人間の暮らしの歴史から言えば、小さなことである。しかし、講談師でも、浪曲語りでも面白おかしく、権力を語ってきた。そのレベルで学校教育も歴史を勘違いしているのだ。
大切なことは日本人の昔の暮らしである。縄文時代の日本人はどんな暮らしをしていたのか。何を食べていたのだろう。どの程度耕作というか、栽培はしたのだろうか。犬は大切な生き物で、一緒に暮らしていたらしい。ニホンオオカミと犬の関係も興味深い。
日本人の宗教史を、文教伝来の時期を知ったぐらいでは、何も分からない。自然崇拝の原始宗教が日本人には長く残ることになる。そうした原始宗教が早く失われた民族とは何が違っていたのだろうか。水源を見て、神秘や神聖を感じる感覚はどこで生まれ、どのように継続されたのか。
日本の古い宗教と仏教波動関係してきたのか。宗教と葬式は何時結びついたのか。日本人の死生観はどのように変わってきたのか。そういうことを深く知るのが歴史ではないのか。学校ではほとんど学んでいない。NHKにそんな大河ドラマはない。
そもそも、栽培稲の起源は中国珠江中流域で一万年前始まったとされる。これは中国の古代国家の変遷よりも人間の暮らしにとっては大きな古代文明への影響である。米作りを始めた人間が新しい文明を形成する。米作りが東洋人の人間性を形成したと言って良いくらいだ。
日本には様々な経路で米作りが流入してくる。縄文晩期の今から3000年前に渡来する。弥生時代になると新しい水田技術が導入されることになる。地域によって、農業技術は変化しながら入って来たに違いない。この稲を日本人は瑞穂の国柄として、信仰にまで象徴化して行く。それが弥生時代の文化形成になる。
本来九州地域が稲栽培の北限であったはずだ。稲は中国南部のベトナム国境に近い珠江地域発祥とされる稲は亜熱帯の植物である。その稲を暮らしの根底に置いた日本人は、徐々に北の地域にその栽培を広げて行く。渡来してから2千年が経過した頃には関東地方まで栽培域が広がってくる。それが鎌倉時代頃ではないか。
この稲の栽培には大規模な水土開発が影響している。この農地開発に天皇家が関わったと私は想像している。水を管理できる技術力を中国から先進技術として取り入れる。そして荘園の全国への広がりと共に、その水土技術が東の地域に広がって行く。
稲作技術、水田の形成が新しい経済を作り出して行く。信仰と結びつくほど深い精神的な影響を稲作りから受けることになる。お米の尊さは他の作物とは別格な物になる。三角おにぎりが神に捧げられる。魂の形で供えられる。お米がご先祖に上げられる。
学ぶべき歴史は日本人がどのように暮らしてきたかにあると考えて居る。何故水田を作ったのか。水田技術はどのように中国から伝わってきたのか。日本でその技術はどのように発展したのか。どのようにして寒い地域で稲作をしたのか。
日本の庶民は本当のところどの程度お米が食べられたのだろうか。謬気でもしなければ白米など食べられなかったとか。正月やらお祝い事の時だけだとか。そんなことはないと考えて居る。お米は年貢で持って行かれるのだろうが、地域によっては食べることが出来たのではないか。そうあって欲しいと思う。
毎日どんな食事だったのだろうか。猫を飼うようになったのは、弥生時代からだろう。猫がいなければネズミからお米を守ることが出来ない。その頃には家畜としての馬や牛が飼われていたはずだ。家畜によって農耕も変化してきたのだろう。
燃料の歴史というものもある。炭が作られたのは極めて古い時代からだ。焚き火をすれば炭は出来るから、日本列島に人が住み始めたときには薪を燃やし、炭が作られていたはずだ。炭を使うようになって徐々に北の地域にも暮らしが広がったのではないだろうか。
日本では土器の製造は早い時代からあった。土器を作れる粘土が至る所にあったのだろう。器が作れるようになれば、煮ると言うことが出来るようになる。食べ物も変わってきたはずだ。器が信仰の象徴にもなった日本の縄文文化の特徴ではないか。
暮らしを考えれば、何千年前も今の時代も、食料生産と言う意味では直につながっていると感じる。人間が生きると言うと言う原点は同じだろう。食糧自給をしていると、人間が生きるといことが身近になり、何が大切なのかが見えてくる気がする。