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笹村 出-自給農業の記録-

米高値に政府は関与

      2026/01/20

 

鈴木農水大臣は米価格に政府は関与しないと宣言した。庶民の生活を考慮せず何を偉そうに、発言をしているのか。1月15日のニュースではまた米価格が過去最高値を記録したことの、記者会見があった。農水大臣は価格はマーケットに任せると述べた。

良くこんな悠長な発言が出来るものだ。お米が高くて食べられない国民がいるのをどう考えているのか。お米が高すぎる。マーケットにコミットしろ。それが食料の安全保障だろう。米価格を市場に任せると言うことは、米相場に任せることになる。

選挙を前にして、こんな社会の空気感からすれば、場違いな発言をすると言うことは、つまり農協の専属議員と言うことなのだろう。米の倉庫には過去最大の在庫があるそうだ。しかも、そのお米が市場には出てこない。みんなで出荷すれば値が下がるから、高値を維持しようと出荷調整しているのが米相場師たちのマーケットだ。

「価格はマーケットに任せる。」農水大臣の判断は正しい判断なのだろうか。主食の価格に投機的な動きが働いている。主食を投機的産物にして良いのだろうか。米は余っているとされながらも、過去最高価格を更新している。これが高市政権の政策と言うことなのだろうか。庶民はこの最低の政策の判断を選挙で示すほかない。

お米を倉庫に大量に保有している人が損をしないようにしているのが、鈴木農水大臣の仕事になっている。その米を安く販売しろではなく、来年はお米を作らないで、高値を維持しましょうということを指示している。農協という既得権益の利益を代弁している政治なのではないか。

お米が倉庫に山積みになっていても、政府が介入しないのであれば、安値で売る必要がない。来年のお米はまた不足するように、生産調整すると鈴木氏は述べている。要するに米相場の時代に戻った。安値では米を売らないと言うことが、農水大臣と米集荷業者の了解事項なのだ。

それに加担しているのが高市政権である。これでいいのだろうか。このまま行けば、さらに日本の稲作は行き詰まる。世界一生産性の悪い稲作のまま、従事者が減少し、日本の水田が荒れ果てて行く。何故これほどひどい農業政策が、批判されないのか。報道も完全に批判精神を忘れている。

政府は今年のお米の生産を減らすことを指示している。減反の奨励である。何とか価格の高止まりを,政府がやっているような結果になっている。何が価格にコミットしないなど、平然と言えるのだろう。高値維持にコミットして、価格を下げる農業政策はしないと言うことになっている。

私も米作りをしているから、高値なら喜ぶべきなのだろうが、この高値の問題は米作りの生産性が世界一悪い状況を、維持すると言うことなのだ。本気で米作りをしていない農家を維持する政策になっている。怒りが湧いてくる。

瑞穂の国だった日本が何故こんなことになったのか。米作りの国柄は,米作りに誇りを持ってやってきた。人生をかけて米作りをしてきたのだ。日本の米作りは世界一の生産性の高さを誇っていたのだ。それが急速に落ち込んだのは、日本の農政が、でたらめだった結果だ。

田植と稲刈りしか田んぼには行かない。と豪語した長野県の農家を知っている。その人は、田んぼに毎日行く私を馬鹿呼ばわりしていた。田んぼなど行くだけ損になる。田植と稲刈りだけに行って、後は農協に任せるのが一番儲かるとうそぶいていた。これでいいのか。

日本の国柄であったはずの稲作りが、空洞化したのだ。農業という生き方をお金からだけ考えるようになった。すべての分野がお金だけになってしまったのだから、仕方がないとも言えるが、そこに政府と農協が絡んで、生産性がいくら低くても維持できる農協と農家。

極端に言えばお米を作らないでもお金になる仕組みを作ったのだ。お米を飼料として作る。青刈りしてサイレージする。こうした稲作農家の生産の状態が、荒れている。日本の主食を支えるという誇りが失われた。ともかく田植さえすれば、お金になると言うことになる。

もちろんそれは悪い方向から見た一面であり、真面目に生業として生産している稲作農家の方がはるかに多い。しかしそういう人の多くが子供にやらせるわけにはいかないと考えて居る。そ言う本来なら消え去る産業が、主食の確保という国の安全保障の観点から、歪んだ形で支えられてきた。

今必要なことは、生産性の向上に尽きる。その第一は規模拡大だろう。すでに100ヘクタール越えの1000ヘクタール規模を目指す大規模稲作が現われている。生産性を世界水準にまで向上させ、十分利益を上げて経営している。しかも大企業農家はお米の製品化まで直営している。

農家を大規模化する必要がある。企業的な独立性のある農家を国内に増やすことが必要である。そのための農業政策を政府は行うべきだ。所がそれでは農協を圧迫することになる。農協から企業献金を貰っている自民党では、とうてい関係を断ち切ることは出来ない。

何度も書いているので今更ではあるが、農地を用途別にして、税金で大規模化を推進する。また小規模農家向きの地域への農地移転を政府が関与して斡旋する。一日も早く始めなくてはならない。そうでなければ、中山間地が日に日に消滅して行く。消滅してからでは、復活は大変なことになる。

日本の中山間地が消滅すると言うことは、日本が失われると言うことになる。都市だけの国になれば、消滅することになる。中山間地の消滅は日本衰退の第一段階なる。そのことを都市生活者も認識しなければならない。関係ないと思っていると恐ろしいことになる。

中山間地を維持するためには、都会生活の物がお金を出さざるえない。東京の電気が福島原発の負担で、生産されていたのと同じことなのだ。中山間地の自然が荒れ果ててしまえば、都会の飲み水が困ることになる。山林が荒れてしまえば、CO2の削減も出来なくなる。

山火事が頻発している原因の一つは山に手が入らなくなっているからだ。昔は山で薪や炭を生産し、落ち葉を畑の堆肥にしていた。里山の管理が失われて来ていることで、土砂災害が起きる。交通網が分断される。様々な都会の問題が引き起こされて行く。

中山間地の維持のためには、中山間地の農地の維持は重要な要素になる。特に中山間地の水田の維持は、日本の環境を守るための大きな要素になる。環境保全地域の水田農業は、生産性だけを考えると存続できない。水田を維持してくれるだけで生活が出来るような仕組みを作らなければならない。

まさに米価格をマーケットに任せられないところだ。政府が中山間地の再生の意思を持って関わり方を考えなければ、中山間地の稲作は消滅する。保全水田地域を決めて、そこの水田は維持するだけで生活が可能なものにして行く。疎のためには新規就農者を呼び込まなければならない。

機械の貸出制度の創設。機械運転の講習も行う必要がある。時期が集中する機械利用の分散の調整もしたい。集荷したお米の脱穀やもみすりや保存が、小規模でも手軽に出来る施設を作る必要がある。小規模農家が農協出荷ではなくとも、稲作が可能になる仕組みが必要である。

市民が食料生産に加わる社会が必要である。農協の解体、新しい農協の創出。ここから始める必要がある。すべては自民党が終わらなければ始まらない。既得権政治から、生活者の政治に変わらなければならない。その選挙が近づいている。

 

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