地場・旬・自給

笹村 出-自給農業の記録-

トランプ経済格差は広がって行く

   

トランプがいよいよ悪のアメリカファースト政治を始めた。世界1の経済大国のアメリカが、一国主義を始めたので、世界経済は厳しい状況になるに違いない。民主主義は崩壊して行くだろうし、自由主義経済はどこもかしこも、国家資本主義に変わって行く。厳しい世界が待っている。

中国との経済戦争に、よい結果ではなかったアメリカは、世界から手を引き、アメリカ両大陸に集中する方針になったのだろう。人のことどころではない。他所の国は利用するだけという本音むき出しの政治。高市氏は、台湾侵攻は日本の安全保障に関わると発言を、調子に乗ってしてしまった。

これでまんまと日中経済戦争に突入した。トランプの思うつぼにはまった。中国は様々な貿易障壁を設けて、日本を脅すことになった。台湾を取り囲む大きな軍事演習も行った。それでも高市政権は発言を修正できないので、ついに切り札である、レアーアースの輸出制限が発動された。

日本経済はかなり痛むだろう。中国経済にとっても良いことではない。こうなれば、アメリカは漁夫の利である。中国がアメリカを凌駕することが危うくなる。アメリカが一国主義をここまで進めたのは、中国に経済で敗れることが見えてきたからだ。

韓国もトランプによって韓国人技術者の国外退去の嫌がらせをされた。日本も韓国も、膨大なお金をアメリカに投資する約束をさせられた。もう軍事的な支援も引くという姿勢である。もし、軍事支援をして貰いたいのであれば、軍事費用を出せ、アメリカから武器を買えと言うことになる。

トランプは、着々と手順を踏んでいる。トランプ関税がまず第一歩だった。そして、ウクライナ和平を実現しないまま、次第にウクライナから手を引いて行くのだろう。ヨーロッパのことは関係ないと言うことのようだ。戦争が長引けば、ロシア中国連盟が苦しくなり、アメリカに恩恵があると言うことだ。

1月3日突如、ベネゼエラの大統領を軍事侵攻によって捕まえて、アメリカで裁判である。石油利権を抑え、中国ロシアの影響を取り除く、ということのようだ。今回の強行作戦で、そのほかの反米の中南米諸国は、かなり緊張が高まったことだろう。

トランプは極悪人だと分かった訳だ。日本も南米の国々もいかにも遅い。トランプが登場したときから繰り返し書いてきたことだが、中国を中心にした、東アジア経済連携が必要だと言うことになる。それが出来ないように、トランプは高市氏に罠を仕掛けたのだ。

愚かにも罠にはまり、アジアの国同士で仲違いである。本来であれば、東南アジアの国々、台湾、韓国、中国、日本が連携するべきなのだ。それが出来れば、アメリカよりも優位に立てる。それをさせないところがトランプ外交なのだろう。

すでに日本の経済は危ういところに来ている。しかも、アメリカに従わされて、中国との関係は最悪である。高い市政権は高い支持率を背景に財政支出を大きく膨らませた。その上で減税をばらまいている。財政破綻が近づいているのではないか。にもかかわらず株価の最高値が更新されている。

「貧困層が増加している。」以前はこんな風に書くと、そんなことはない。いい加減なことを書くなと言うコメントが来た。今はさすがにそういうことはなくなった。経済格差はネトウヨの人たちの間でも、認知されることになったのだろうか。もうネトウヨは、高市政権で鼻高々なのか。

とくに貧困のデーターを示す必要も無くなった。誰もが身近で感じるようになっている。それだけ格差社会が進んでいるのだろう。ほんの一部に極端な富裕層も登場している。多くは不労所得の様々な分野での、投資家ではないのだろう。この層には付き合いがないので、よく分からない。

お米が高くて食べれなくなったという人が出てきている。これは子供の頃はお米は高いので、半分は麦を混ぜて食べていた。そんな節約の生活が普通だった。あの頃に戻った感覚だ。大蔵大臣が貧乏人は麦を食えと失言した時代が、日本にも昔もあったのだ。

お米だけではない。物価が急速に上昇して、日常的な食費などの生活費がうなぎ登りである。インフレにしよう、円安に誘導しようという、政府と日銀の0金利政策が、こういう結果を招いたのだろう。確かに利息で一番こまるのは、世界一の借金をしている日本政府である。

いよいよ金利が上がり、日本の膨大な財政赤字をどうするのだろうか。財政赤字の解消を目標にしながら、実際にはさらに財政赤字を増やしている。どれほど赤字を増やしても大丈夫だという、金融理論があるらしいのだが、そんな馬鹿なことはない。

高度経済成長は麦を食えの池田大蔵大臣が、総理大臣になり、所得倍増が本当に実現した。次第に麦飯は健康志向の人以外は食べなくなった。麦飯は大麦を食べて健康に良いのだが、粉食は小麦の方で余り良いものではないようだ。パン、うどん、お好み焼き、ピザ、ずいぶんと小麦の方は食べられている。

高度成長期の日本は、昨日よりも今日の方がゆたかになり、未来が希望に輝いていた時代。1949年生まれの私はまさに高度成長期の申し子である。有り難い子供時代だった。楽観的に成長することが出来た。何とかなると思えたので、絵を描く生活を迷いなく選択できた。

そして、1990年ごろから、日本は低迷に入った。今40歳以下の人はその停滞した日本の社会しか知らない人たちになった。希望のあまりない、極端な競争社会の中で生きてきたわけだ。学校もそうだった。あの頃美術科の教員をしていたから、何となくその空気は覚えている。

日本社会が行き詰まり、大変なことが起きそうである。私のような隠居の身であれば、うつつを抜かしていれば良いのだが、そうも言えない状況が近づいている。私の役割として、自給農業の実現に進む以外に無い。食べるものさえ自給できれば、さらに厳しい社会になるとしても、生き残ることが出来る。

日本が破綻してからでは遅い。今ならまだ自給農業を始めることが出来る。持てるものが守りに入り、既得権益の時代に入りそうだ。JAも鈴木農水大臣と連携して、農家の既得権益を守ろうとしている。米の生産を抑えて、米の高値維持を狙っている。

ますます、持たざるものは追い込まれて行くことになる。幸いな情勢として、日本は農地が放棄されている。地方には空き家もある。自給生活をして生き抜くことが出来る。新規就農はかなり困難だ。一部の成功事例に欺されてはならない。自給農業ならいい。職業を他に持つ農業である。

昔で言えば第2種兼業農家である。人手不足の時代である。どこでも仕事がないわけではない。いとわず選べば、それなりの収入があるかもしれない。その上で、自給農業に取り組む。食糧自給が確立できれば、安心立命して、自由に生きる道が開ける。

問題は農業技術にある。自給する技術を確立しなければならない。小田原で行い。石垣島で行ってみて、場所によってその技術は全く違うと言うことが分かった。技術の元になる、基礎の農業を知る必要がある。その上で観察眼を鍛える。気候や水土が違うとしても、どこの地域でも自給農業が出来る、応用力を培う。

石垣島では自給農業技術をみんなで学ぶ場所を作っている。「のぼたん農園」である。ここに来る人で分かったことは、ネット情報に汚染されていると言うことだ。無除草、不耕起、無肥料、それを自然農法だという、ネット夢物語に感化された人が現われる。

必ず挫折する。農業は自然ではない。環境保護でもない。人が自然を改変する耕作である。そこには作物を収穫するための科学が存在する。まずは農業高校の教科書である。これを学んでから、始めるのが良い。自給農業は遊びではない。自分の命をかけた、生き方である。出来ないと言うことは死ぬと言うことなのだ。その覚悟を持って取り組まなければならない。

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