デジタル行政、怠慢の20年の遅れ
政府はデジタル化で代替できるものから撤廃する検討に入った。工程表をつくり(1)押印廃止(2)書面・対面の撤廃(3)常駐・専任義務の廃止(4)税・保険料払いのデジタル化――の4段階で順に取り組む。
菅(スカ)政権はアベ政権の後継者選びのアミダくじがスカだった政権であることが分かった。これで自民党政権も終わりになるかもしれない。棚ぼたでは良い政府は生まれないものだ。ここで国民は意志を表明すべきだ。
このスカ政権の看板政策がデジタル化という事だ。スカにしてはとても良い考えだと思う。学術会議任命事件以前は夜学に行った辺りに期待していたのだ。東北の農家の長男さんというところに期待していたのだ。そしてデジタル化も進むかと思えた。所がである。
国民総背番号制度の失敗が日本の社会のデジタル化の遅れの一番の原因だろう。国民背番号制はマイナンバー制度として2015年に始まる。5年が経過してまだ2割の国民しか加入しない。この状況は利用が難しい。国に信頼感がないからこうなったのである。
アベ政権を信頼しろと言われても困る。どうせ悪用するために作ったというのが本音である。例えば、徴兵制度の準備とか、階級制度を作るための準備。上級国民、どうでもいい国民。下級反国家的国民。奴隷外国人。私は当然反国家的国民に色分けされ、戸籍簿に書き入れられるのだらう。幸い6無斎には怖いものがない。
日本の政府が国民から信頼されない原因は、国民を裏切ることが多かったからだ。2割という事は自民党に投票する人さえも加入していないのだ。上級国民は逮捕さえされない。桜の会の招待を見ればわかる。総理大臣枠もあれば、昭恵さん枠もある。胡散臭い訳だ。
総理大臣から招待されるような人でさえ、すごい詐欺師が上級国民に紛れ込める。裏側にある利権構造の様なものの存在を感じさせる。たぶん自民党に多額の寄付をしているのだろう。この詐欺師はアベ政権が無くなると、直後逮捕された。検察との連携も忖度である。
政府に個人情報を把握されたならば、あらゆる場面で悪用される可能性が考えられる。例えば就職の出自による差別。結婚すら政府だけの把握した階級間ではできないようなことになる。遺伝的病気は政府に確実に抑えられる。そして学術会議の任命は、政府の都合だけで決められる。
いろいろ情報が背番号の背景に統括され、情報をつかんだ政府だけが有利に利用される。それは一方で日本人には隠し事も多いという事でもある。私自身も政府に把握されたくない情報がある。警察の要注意人物に指定されてマークされたこともある。たぶん盗聴もされていた。
あえてこういう事を書くのはすべてをあからさまにしておけば、却って安全だと思うからだ。どうせ学術会議には推薦されないのだ。何しろ前川元文部次官によると、勲章の推薦が政府によって変えられたという事だ。どういう訳で芸術院会員になれないかの理由が分かった。
アベ政権の国民背番号制度は、暗黒社会の前触れのようであった。さすがにマイナンバーを登録したくなかった。しかし、デジタル化社会にならない限り、日本は後進国化するだろう。その日も近づいている。カス政権ではますますデジタル化が出来ないだろう。
そこで、マイナンバーカードで買い物をすると、消費税が付きませんというようなサービスが始まるはずだ。それにつられて、一気に加入が進むだろう。どんな嫌な場面が展開されるのかと思っている。
犯罪とまではいわれなくとも、誰にも秘密はあるだろう。知られたくない秘密はあって当たり前のことだ。人間というものはそういうものだ。それを国民のコントロールに悪用するに違いないという政府である。このところが問題なのだ。
日本の政府は幕府と変わらないお上であって、自分たちが作り上げた政府ではないことが原因する。この政府のお上意識の思い上がりがデジタル化を妨げたのだ。誰でも国民番号が必要なことぐらいは分かっている。分かってはいるが、何かされそうで怖いのだ。
まず恐怖心を取り除く努力をすべきだ。政府が悪用したくとも、悪用できない防御システムを見せてもらいたい。
まして、政府自身がデジタル化が出来ていない。行政がデジタル化が進まない。公文書の破棄と言っているが、デジタル化をすればすべては自動的なことになる。別段どれほど保存しておいても文章量など問題はない。桜の会の招待者名簿など、後ろめたいところがなければ、何十年分でも残すべきだった。
特に市町村の行政のデジタル化をすべきだ。コロナに関する補助金詐欺の横行など、行政システムの遅れである。ゴーツートラブルの結果高級ホテルから埋まっている。半額になったところで、どうせ泊まることはできない。高級なところでは落ち着かない人間である。本来消費税の期限付き削減が平等だったのだ。
透明化をすべきだ。後から書き換えなど出来ないようにすべきだ。デジタル化が遅れたのはこうした政府の汚い手法が記録化を妨げたのだ。手書きの文章化時代のやり方で誤魔化してゆく手法が定着しているので、デジタル化が出来なかったのだ。
まず甲斐より始めよ。政府の行政のデジタル化である。この管理がきちっとできれば、国民も安心して背番号を貰う。民主主義国家の基本的姿勢だ。独裁国家であれば、強制力で背番号を付けるだろう。国民を政府の都合よく管理しようとするに違いない。
菅政権の学術会議への姿勢を見たら、デジタル化されたら怖いと思わざる得ない。反政府的な発言が背番号に紐づけされる。嫌な社会になるだろう。すでに官僚は人事で完全に抑えられている。あの元前川文科相事務次官はそのように書いている。
政府と意見が異なる官僚は左遷されているのだ。アベ長期政権の時代はそうして官僚を政府に従わさせる時代だ。佐川局長のように、忖度する官僚には栄典が待っている。あれほど批判されても、栄転させて忖度の重要性を官僚に教えたのだ。
それは骨のある官僚が少なくなったという事でもある。骨がある官僚はすぐやめて行くことになる。日本を良い国にするために、優秀な若者が官僚になる。ところが成ってみたところで、日本を忖度の国にするために協力させられるだけなのだ。
こうした方向付けを安倍政権はした。出自の違う管政権になれば、少し変わるかと期待したが、アベ政権以上の忖度政治を行うお宣言したのだ。だから、学術会議の任命事件をあえて強行したのだ。ここが菅政権の勝負どころなのだ。私は徹底して人事で政権を運営してゆくという宣言なのだ。
嫌な時代が来そうだ。昔から日本人は忖度体質であったとは思う。しかし、中には正義の精神を持つ立派な人もいた。そうした政権内部にもある歯止めがあったのだと思う。ところが歯止めが失われたのがアベ政権である。すべてが忖度派になってしまった。国会議員がまるで社員のように見えるようになった。