コロナで変わる国の安全保障
石垣の家のお隣ではガジュマルの大きな木の枝下ろしをした。アンコールワットを覆いつくそうとするあの木である。ブロック塀を飲み込んでいる。すっかり私の家まで明るくなった。明るくなったのは有難いことだが、あのうっそうとした樹もなかなか良かった。
国家の安全保障は時代の変化に応じて変わらなければならない。コロナウイルス非常事態はそういう警告でもある。国の安全保障は他国の武力攻撃だけではない。様々な様相を複合的に見て、全体から国の安全を考えなければならない時代に変わった。アベ氏はいつもの軽い口でコロナ戦争の非常事態だと言っていた。
現代の戦争の始まり方には3つ考えられる。第1は経済封鎖である。第2の攻撃がサイバー攻撃だ。第3の攻撃が国内に入り込んだテロリストの攻撃である。それは未知の細菌攻撃が一番現実的である。テロリストだけワクチン接種している可能性もある。
ミサイル攻撃や空爆などの武力による正面攻撃は第4の最終段階で始まる攻撃である。武力攻撃まで行くには前段階が複雑かつ混沌の中で起こることだろう。その程度の国防意識は自衛隊を中心とした武力主義者以外の人たちは持っている。軍事戦争が起こる前段階の戦争に強くならなければ、国の安全保障はない。
経済戦争には、弱い国連合の経済連携の強化である。すぐにでも複層的な経済連携を模索すべきだ。コロナ後の世界は厳しい経済対立が予測される。米中はすでにその様相を表している。そのためには食料の自給、エネルギーの自給、生活物資の国内生産。生活の基本を固めることが重要になるだろう。この点日本は独立国としての安定保障体制がまるでない。食べるものが不足すれば終わりである。そういう時代が近づいている。
日本の国防には専守防衛の思想を真剣に考える姿勢がない。初めから専守防衛などあり得ないとして、真剣に考えずにここまで来てしまった。現代の戦争はどこの国にとっても専守防衛が重要になる。それほど攻撃のための方法が多様化したのだ。
軍事的な正面戦争が始まった時は最終段階であり、地球の終わりなのだ。地上軍の攻撃に供えるより、前段階の戦争に対して防衛する力を向上させなければならない。国防の科学性である。その考えを突き詰めると、国防には平和外交しかないという事が分かってくる。
現在の日本の国内の安全保障の状態では余りにも心許ない。コロナ感染で準備不足が露呈した。軍事武装どころではない。医療機関のマスクの備蓄すらなかったのだ。安全保障の思想が不足していたと言うことだろう。食糧の自給。非常用の物資の準備。こうしたことこそが国の安全保障の基本中の基本である。
軍事力を強化したところで、その前の戦いで国の体制が続かなければ、軍事攻撃を待つまでもない。まず基地の意味合いの見直しをする。基地がいらない訳ではないが。基地は移動式が一番良い。攻撃する国に補足されにくい潜水艦基地がいいと思う。そしてサイバー攻撃に対抗する基地が必要である。
例えば防衛省が都心にあると言うのはどんなものか。私には危険な位置としか思えない。やはり、軍事司令部として政治とは離れた場所に強固なものを作るべきではないのか。感染症対策としてもその方がいい。過去と決別し新しい安全保障を考えるためにもコロナ模範県の岩手県に作ったらどうだろうか。コロナが発生しないという事は何か良いことがあるのではないか。
コロナのような感染症についても、安全保障の意味から、防衛体制を考える必要がある。ウイルステロ対策としても、充分考えなければ国家的危機がたちまちに起こるだろう。どこかのテロリストが、自らを感染爆弾として、ウイルスを蔓延させてしてしまう可能性がある。
つまり、コロナウイルスの教訓は大都市一極集中よりも、分散する方がいいと言うことだ。テレワークとか、地方分散というようなことが重要だと誰しも考えた。これを生かすべきだ。自衛隊こそレレワーク体制が必要である。自衛隊は今回十分なテレワークをしているのだろうか。
日本にはそういう現状から変化をして行く、意欲のようなものが失われている不安がある。安全保障に向かい合おうとしないまま、古い軍事兵器重視の国防にとらわれているのではないか。隣国と対立をわざわざ煽ぎたてて、兵器をより多く備えようとする。こんな政府の現実離れした姿勢が、国防を現実として考えない政治を作り出したのだろう。
自衛隊の隊員の肉体的訓練は健康維持程度でかまわない。これからの自衛隊の部隊は専守防衛に専念する。1,医療隊であり、2,サイバー隊であり、3,情報隊であり、4,国土災害防衛隊である。こうした自衛隊に変えなければ、現実の日本の安全保障には役立たない。目を覚ましえ貰いたい。
日本のIT化は相当に遅れていることが分かった。特に役所には給付金のウエッブ申請を受け付ける能力がなかったのだ。ここまで遅れてしまったことは実に悲しいことだ。日本が変わることに対して臆病になっている証拠だ。手紙でアベのマスクを送るしか考えられなかった日本政府の哀れさよ。
サイバー攻撃になど、全く対応できていないはずだ。こんな状況を国民が感じているから、マイナンバー制度に登録する人が20%なのだろう。政府への信頼がなければ国防などあり得ない。ところが、石垣島のミサイル基地はコロナ感染の真っただ中に、こぞとばかり進められている。まさに火事場どろぼうではないか。
住民投票の裁判も、コロナ感染の為に遅れている。市長のリコール要求も遅れている。これ幸いと自衛隊基地の契約を終わらせた。こんな態度では国民が信頼しろと言っても無理だ。地域住民の支持のない国防などあり得ない。ところがその自覚がないのが自衛隊である。
まず、医療部隊の充実の方が現実的な国防である。日本の国防には病院船すらなかったのだ。ジェット機より病院船の方がはるかに現実的ではないか。病院船なら日本で作れるはずだ。すぐにでも取り掛かるべきではないか。アベノマスク466億円で作れたのではないか。何とももったいないことか。自衛隊の三宿病院が今回のコロナウイルスで大きな貢献をしてくれたことは感謝しています。
肝心かなめの国防は食糧自給である。世界の人口増加は1日22万人も増えている。地球の耕作地面積は増えない。増えないうえに、耕作地の劣化が進んでいる。砂漠化や土壌浸食や塩害化が進んでいる。化学肥料、除草剤、農薬の乱用も土壌劣化の一因とされている。今後土壌劣化はますます進行するに違いない。世界の食糧危機は着実に近づいている。これはもう国の安全保障の問題になっている。
この事態を真剣に受け止めるとするなら、日本の農業を再生し、食糧自給を真剣に考える必要があることがわかるはずだ。その為には農業で暮らせるようにしなければならない。若い人で農業を目指す人はいる。しかし暮らせないから持続が出来ない。
農業分野では外国人労働者が帰国して、人手不足に陥っている。これから日本で起こる不況の中で出てくる余剰労働者は農業分野で働いてもらえるだろう。外国人労働者150万人は、ちょうど今回の予想される失業者数と近い。
農業経営が難しい地域であれば、自給農業しかない。専業農家ではなく、何か仕事を持ちながら、農業を行える体制を国が作ることだ。それはテレワークにもつながる。各地方に暮らしながら自給農業を行う。自給圏構想。足柄平野に自転車で通える距離に田んぼを配置するというのが、農の会の当初の目標であった。
農家のお年寄りが田んぼ辞めたらば、その農地を市民に借りてもらう。水管理は農家のお年寄りの仕事になる。水管理をやってもらえるなら、勤め人でも田んぼを作ることが出来る。みんなが農業にかかわることが一番の食の安全保障になるだろう。