人間との出会いの生かし方

   

たくさんの人に出会った。そのおかげで今の自分という人間はある。全くありがたいことだ。出会いに感謝の気持ちがわいてくる。そのお礼が描いている絵のようなものだ。幸運な人生である。さらに、石垣に来ていろいろの人に出会っている。昨日は自動車の中古屋さんに行ってみた。小田原にある車に荷物を載せて石垣に送り、石垣で自動車を買ってもらえないかと考えている。その相談に行ったのだ。ご主人には会えなかったのだが、そこのお兄さんがとても気持ちのよい対応をしてくれた。いつも、どこに行っても、幸運なことだ。すべて感謝である。金沢で出会った人たちのおかげで今がある。あの笠舞の下宿で眠ったら、石垣で目覚めた。50年もたったとは到底思えない。あの金沢での多くの人との出会いのおかげで、自分の生き方を見つけることができた。それを50年貫けたことは幸運だった。一人では到底無理なことだ。あの頃の生き方も自分に至ると言うことだった。今も自分に至る道にいる。絵を描くと言う具体的なことでしか、自分を極めることができないと、あの頃自覚をした。座禅修行のような、形のないものでは無理な人間だという自覚をした。その自覚をできたことが友人との出会いであったともう。人生論をぶつけ合うような、青臭い時代を持てた。本を読み、議論をする。同人誌を作り、議論をする。絵を描いて、議論をする。
そういうことがなければ今の私という存在は考えられない。今もそのまま絵を描いている。まったく多くの友人の絵が描いていると登場してくる。心の中に残った感動が絵となり、現れてくるのでは無いかと思う。それはもちろん、マチスであり、ボナールでもあるのだけれども、金沢の友人でもある。水彩人の仲間でもある。素晴らしい仲間を持てたおかげで、この先の絵に立ち向かってゆく勇気が出る。そうで無ければ、評価されたことが無い私が絵を続けていられるわけも無い。絵をかくことだけで生きることは十分であるとまで思えるわけがない。私の描く絵はそれほどのものではないのだろう。私がいなくなれば消えるだけなのかもしれない。それでも、そのささやかな到達点も、多くの出会った人のおかげで成り立っている。だからこの先正しく進むことができるような気がしている。生きているという実感である。ありがたいことだ。私の希望としては私も私とふれあった人の、夢でありたいと思う。あんなによくしてもらい、それに答えられないとすれば、情けないことだ。できることは絵に自分の真っ正直に向かうということだと思っている。日々描くと言うことにつきる。
石垣に来たら、知り合いもいないし寂しいこともあるかと思ったが、全くそういうことはない。昨日は初めての場所で絵を描いた。美しい田んぼをまた見つけた。一町歩ほどの田んぼがあり、その外れの小高いところに家がある。田んぼの中の一軒家である。全体としては川沿いで谷間である。人気もなかったので、黙って奥まで入れてもらい、田んぼを描いていた。家の方に人影が動いたので、すぐ絵はがきと名刺をもって挨拶に行った、怪しい気分にさせては申し訳ないと思う。絵を描くのですかと言うことで、いつでも描いてくださいよと穏やかに言ってくれた。一日描いて、帰ろうとすると、田んぼで草取りをしていた。挨拶をするとまた絵を描きに来てくださいよ。と言ってくれた。本当に気持の良いかたである。こうして出会いがあり、ありがたい気持ちで絵を描ける。
田んぼにはその人が現れている。生き物のたくさんいる田んぼだ。除草剤を使っていない。1町歩の田んぼを果たして草取りしきれるだろうか。描きながらそんな心配をしてしまった。畦塗りがしていない。おおよそ、石垣ではあまり畦塗りはしない。それで大丈夫な土質なのだろう。また畦にはかなり大きな草木を生やす。日陰にならないのだろうかと思うが、真上の太陽だから、問題がない。密林と田んぼが共存する桃源郷である。自然に織り込まれた田んぼ。そこに織り込まれた人間。そういう素晴らしい人に出会えた。石垣に来て自然の中に生きている人に出会える。その人の作っている、自然に織り込まれた田んぼを描くことができる。私の絵が、なんとかそういうものを描き切れればと思う。

 - 水彩画