えんぴつが一本

   

「えんぴつが一本」浜口庫之助作詞・作曲

えんぴつが一本 えんぴつが一本
ぼくのポケットに
えんぴつが一本 えんぴつが一本
ぼくの心に
青い空をかくときも
真っ赤な夕焼けかくときも
黒い頭のとんがった えんぴつが一本だけ

えんぴつが一本 えんぴつが一本
きみのポケットに
えんぴつが一本 えんぴつが一本
きみの心に
あしたの夢をかくときも
きのうの思い出かくときも
黒い頭の丸まった えんぴつが一本だけ

えんぴつが一本 えんぴつが一本
ぼくのポケットに
えんぴつが一本 えんぴつが一本
ぼくの心に
小川の水の行く末も
風とこの葉のささやきも
黒い頭のちびた えんぴつが一本だけ

えんぴつが一本 えんぴつが一本
きみのポケットに
えんぴつが一本 えんぴつが一本
きみの心に
夏の海辺の約束も
も一度あえない寂しさも
黒い頭の悲しい えんぴつが一本だけ

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えんぴつが一本 えんぴつが一本  

みんなのポケットに

えんぴつが一本 えんぴつが一本

みんなの心に

はたけに種をまくときも

実りの夢を見るときも

黒いあたまの希望の えんぴつが一本だけ

(5番は私が加えたもの。)

50年以上前に坂本九さんが歌っていた。素晴らしい歌なのに、消えかかっていて残念な気がしている。今度三線で唄うように練習をしようと思っている。浜口倉之助さん自身がテレビで歌ったのを覚えている。その時、友人の大森実さんのために作った歌だといわれた。大森実さんには「えんぴ1本」という著作がある。大森実さんは「ハノイからの報告」を行った毎日新聞社の記者である。アメリカが北爆と称して、北ベトナムに対して無差別爆撃を繰り返していた。今はこの戦争がいかに非人道的行為の戦争であったのかは明らかにされている。当時は共産主義の防波堤という正義で、アメリカは巨大な軍事力で北ベトナムを押しつぶそうとしていた。ところが北ベトナムの抵抗は厳しく、ついにアメリカが敗北したベトナム戦争だ。アメリカが残忍な戦争をした事実が明確になった。大森実氏は西側大手新聞記者として初めて北ベトナム入りした。そして北爆の実態を報告したのである。その深刻な実態報告から、反アメリカ、べ平連などの運動が若者の間にまき起こった。

これに驚いた当時のライシャワー駐日大使は大森実の報告は虚偽だと、日本政府に圧力をかける。ライシャワー事件である。(ライシャワー氏はこの事件を自分の人生最大の間違いであったとして、晩年大森実氏に謝罪したいとしている。)毎日新聞の揺らぐ姿勢から大森実氏はやめることになる。大森実氏は一人の記者として、その後も調査報道のために奔走する。鉛筆1本で巨大アメリカと戦い続けた。日本政府はアメリカの発表に追随するだけだった。報道機関はアメリカの正義の戦いを大本営発表として、垂れ流していた。しかし何かがおかしいという事は、誰もが想像はしていた。悪のテロ国家とされていたホーチミン北ベトナムの実態は何処にあるのか。真実は大きくゆがめられ報道され続けた。こうした報道の姿勢は今も大きくは変わっていない。真実を知るためには真実を読み取る眼が必要である。そして鉛筆1本が必要である。日本では習近平政権だけを報道する。その背景には中国に暮らす人間がいる。中国人は多様である。日本人よりもはるかに複雑である。本当の中国を考える眼を持つ必要がある。

友人であった浜口氏はその大森実の応援歌としてこの歌を作ったという。浜口氏は当時歌謡曲のヒットメーカーだった。「星のフラメンコ」「バラが咲いた」はレコード大賞、今でも歌われている。日本のシンガーソングライターの筆頭である。「鉛筆が1本」は簡単な歌なので誰でもすぐに歌える。是非口ずさんでみて欲しい。坂本九さんがみんなのうたで唄った音源はどうも失われたという事らしい。浜口氏自身が唄うものは残っている。試聴もできる。NHKが真実を知って廃棄処分したのだろうか。政府の圧力があったのだろうか。しかし、浜口庫之助氏、大森実氏、の思いを知り、声を出して唄うとまた違ってくる。何時の時代にもアメリカと鉛筆1本で戦う人間がいるのだ。相手が巨大であろうが、アメリカファーストであろうが、戦う武器は鉛筆1本だけ。そして希望を描くのも鉛筆が一本。鉛筆で蒔かれた種はどこかで芽生える。是非、この歌を唄いたい。

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