地場・旬・自給

笹村 出-自給農業の記録-

無事に一日が過ぎる。

   

 

のぼたん農園は多くの人に助けられて、一日ずつ前に進んでいる。のぼたん農園はまだ不足ばかりである。不足のまま片翼飛行のように、足りない毎日を完成に向けて切り抜けている。補い合って、なんとか一日が無事終わる。振り返ると、今年に入ってもずいぶんのことが片付いたので驚く。

5回目の大豆栽培で、やっと何とかなりそうである。台湾嘉義の有機農家さんを訪ねて教えていただいたおかげである。下の田んぼに降りる道路が、完成した。下の田んぼを整備中である。3回目のひこばえを育てている。4番溜め池を整備して、3番田んぼに蓮を植えた。ギンネム樹林コーヒーがめどが付いたので、拡張しようと考えて居る。

建設中の危なっかしい毎日であるが、自給という方角だけは定まっている。自給農業行技術は少しずつ前に進んではいる。前に進んでいると言っても、このやり方ではダメだと言うことが分かるというようなことになる。ダメを潰して行けば、いつかこれならば何とかなるというところにたどり着けるだろうと思っている。

のぼたん農園は楽観農園である。のぼたんの群生地が見つかるまでは、楽観農園と命名していた。そうだのボタンの回りの草刈りも今年は出来た。楽観で進むという意味だった。石垣島での自給農業技術の確立は、予想を超えてなんとも難しいものだった。その一番の理由は日本の農政から見放されているからである。

石垣島の気候に適合する、自給のための品種が無いのだ。最近農政としては品種の作出を民間に委ねた。採算性のある品種だけを作出すればいいということになった。新自由主義経済と言うことである。公的機関でも全く作出を止めたわけでは無いが、よほど経済と結びついた品種の改良以外はやりにくい状況と言われている。いわゆる産学協同の理念である。

日本で亜熱帯農業と言うことになれば、経済規模から言えば、無いに等しいようなものだ。石垣島で米作りをするなどと言うことに、国の予算をかける経済合理性がないと言うことだろう。石垣島のイネの奨励品種は何と東北のお米なのだ。それがもう1992年から30年以上も続いている。食料安全保障の観点から間違った政策である。

政府の、沖縄では早く米作りなど止めてくれないものかという本音が、見えてくる。亜熱帯の稲作のジャポニカ米は、ベトナム、台湾、中国では研究が進んでいる。だから、そうした国の成果を是非とも学びたい。日本の食料の安全保障を考えたときには、東アジア全体で考える必要があるだろう。

イネ作りの研究では、50年前の日本は世界の先進国であった。研究者の数もダントツに多かった。ところが、今やミルカゲモナイ。それでも妙なところで先進国意識がある。謙虚に海外から学ぼうという姿勢が無い。ひこばえ農法の品種など、中国にあるのに、日本には無い。日本であれば、どの地域も主食の自給が出来ないではまずい。

まあお米のことだけであれば、仕方がないで諦めればいいのだが、大豆も同じことだ。小麦も同じことだ。果物大国の日本も、熱帯果樹となると完全に研究不足である。大豆の栽培方法を嘉義の有機農家さんから教えていただいた。その研究の徹底していることに、改めて今感謝を深めている。

遠回りのお礼のつもりで、台風の見舞金を送らせていただいた。花蓮には知り合いが農業をしている。大きな地震で大変だった後に、今度は巨大台風である。石垣島はひどい日照りで苦労しているが、そんな愚痴もこぼしているわけにはいかない気分である。

台湾の農家さんに教えていただいたのは、コーヒー栽培もである。樹林コーヒーである。2年前に見せていただいた。すぐに取り入れてやってみた。今の所無事に生育している。ギンネムの林の中にコーヒーの苗を植えた。2年で倍くらいの大きさに成長した。あと1年すれば成るのでは無いかと思っている。

樹木コーヒー園ではシェードツリーと言って、マメ科の樹木、例えばギンネムの中に、コーヒーの苗を植えるという。林の中でちょうど良い遮光がされている。回りのギンネムが防風林になってくれる。そしてギンネムが窒素を供給してくれている。葉の色が濃く美しい緑色である。まだギンネムやコーヒーの密度が分かっていない。

石垣島のコーヒー栽培が打撃を受けるのは台風である。強い風でなぎ倒されてしまうと言われている。ギンネムを密集させてその中にコーヒーを植えている。これで何とか台風をしのげるかもしれないというのが、樹木コーヒー園だ。大分良くなってきたので、今度はもう少し広げてみようかと考えて居る。

ギンネムの林はこの2年で充実した。ある程度間引いて、コーヒーの苗を植えて行きたい。自給技術の開発をしている、のぼたん農園ではこうした栽培方法を実証実験して、自給をやりたいという人の参考にして貰うのが目的である。今六本のコーヒーだけであるが、これで私が飲むコーヒーになればいいのだが。我が家では一年で12キロぐらいのコーヒー豆が必要である。

本当は24本の木が無ければならない。コーヒーの木を4倍に増やす必要がある。今の場所で後六本は植えられるから、コーヒー園を倍に広げれば、24本は植えられる。ギンネムの林は十分にそれくらいはある。3,4年で実がなると言うから、まだ間に合うぞ。のぼたん農園の夢がまた広がる。

実はこう言う話を、内藤さんという方としたのだ。以前蛍ツアーに参加させていただいた時にお世話になった方だ。石垣生活を深く探求されていて、面白い話をいろいろしてくれた。その方とは、サトウキビ絞り機を作る話で出会った。水牛に興味があり、以前からサトウキビ絞り器を研究していたという。

のぼたん農園で古い絞り器の歯車で、昔の絞り器を再建しようと進めていて出会った。一緒に再建してみようと言うことになった。いつもそうなのだが、足りないところがあると、こうして助けてくれる人が現われてくる。不思議なことだが、こうして次々にのぼたん農園を補ってくれる人が出現するのだ。

あしがら農の会でもそうだった。いつも何かが不足して困っている。するとそれを補ってくれる人が現われて、助けてくれる。その理由は足りないからだと思っている。先日はコンテナの機械小屋づくりで、前に進めず困っていたところに、味間さんという方が来てくれた。建築会社をしている方で、方法を考えてくれている。

こうして一人一人と仲間が増えていく。そういえば、トリーハウスを作ってくれた中村さんも異動届を海保に出したらしい。来年あたりにはまた戻ってきてくれるかもしれない。これは心強い。そうだ、今竃を作りたくて計画している。サトウキビを煮詰めたり、羽釜でご飯を炊いたりしたいのだ。

竃を作りを一緒にやる人は居ないだろうか。などといつも足りない部分を願っているのだ。願うことは必ず叶うだろう。そういう感じで40年助けられてやってきた。私が助けてやらないとどうしようも無い人間だからかもしれない。不足していると言うことは、恥ずかしいことでは無い。むしろ仲間が出来る良い条件なのだ。

自画自賛で書かせてもらえれば、方角が間違っていないからだと思う。同じ方角て向かって苦労している人と出会うことが出来るのでは無いだろうか。この仲間が広がるというほどの喜びは無い。生きるという喜びは仲間が出来ることが最高のことだ。この年齢になり、友達が出来て、同じ夢を語り合うことが出来る。良かったと思う。自分の出来ることは全力を費やそうと思う。

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