イリオモテヤマネコの保護のための田んぼ

   



 浦内川河口

 イリオモテヤマネコは日本で最も貴重な哺乳類である。特別天然記念物であり、絶滅のおそれがある生き物である。イリオモテヤマネコは1965年、私が高校生の頃発見された。全く想像できないことで、動物好きとして、まさかという驚きと喜びで興奮したことを覚えている。

 西表島ではヤマネコが居ると言うことは知られていたことだが、それが貴重な固有種であることはこの時まで分からなかったらしい。島の面積は289.61 km²で日本で10番目の大きさの島である。同じように自然が豊かな世界自然遺産の島、屋久島の3分の2程度の大きさである。屋久島の人口1,2000人に比べて、西表島は人口が2300人程度でかなり少ない。

 西表島は林業や石炭採掘で何度か開発が行われようとしたが、様々な要因で開発は挫折した。開発の歴史を経て、亜熱帯の深い自然環境が自然のままで、残されることになった。開発が進んだ時期から見れば、今は又自然が回復している。

 開発できなかったことは経済性が無かったことが一番であるが、マラリア多発地帯であったことも開発が出来なかったひとつの要因でもある。似たような条件だった石垣島が開発され、西表島は対照的に自然が残された。自然環境の保全という意味では、奇跡のような幸運である。

 イリオモテヤマネコの現状は500頭以下と言うことで、正確には把握されていない。多くの方に聴いてみたが、減少傾向にあるという意見の方が多かった。国の保護施設の定点カメラでの監視で把握されている個体の数からの類推ではないかと思われる。島の中央山岳部の詳細は把握されていない。

 289平方キロという島の面積である。沿岸部は2800人の人間が、農業、漁業、そして70%の人が観光業を行い暮らしている。沿岸部はヤマネコにとっても、餌場になっていて人間と競争関係になっている。特に観光業はジャングルツアーの業者が急速に増えて、エコツアーと言いながら、エコ騒乱ツアーになっているものもあるとされる。

 このまま世界遺産に指定されるとすれば、さらに深刻なことになる事は間違いが無い。今この時点で観光と自然保護とをどのように調和させるのか。真剣に考えなければならないことだろう。ツアーガイドに対する指導は行われてはいるようだが、問題が解決されたということでも無いようだ。入党制限のような厳格なルール作りが必要であろう。

 イリオモテヤマネコの保護には田んぼが重要ではないかと考えている。島の耕地面積567haのうち、水田は77ha(14%)、畑は442ha(78%)、とされている。かなり広い面積の田んぼがある。田んぼは耕作放棄されているところも出ているが、同時に新しく田んぼになった場所も見られる。

 畑は牧草地が一番多い。観光業が増えると肉牛の生産が増える。肉牛には広い牧草地が必要になる。しかも牧草地は大型機械で耕作することになり、比較的少ない労働投下で広い面積の管理が可能になる。現在牧草地は広がりつつあるように見えた。

 田んぼは新しくマングローブの湿地だったところが整地された場所が多い。山際の湧き水に沿って、山が削られて開かれた田んぼもある。田んぼに成る前にはイリオモテヤマネコの餌場であった場所と考えていいのだろう。現在ほぼすべての田んぼに電気柵が備えられている。琉球イノシシの侵入を防いでいる。

 西表島は沿岸部分以外は人が入ることさえ困難な密林地帯が広がっているので、琉球イノシシは増加している。田んぼは電気柵が無ければ収穫が出来ないことになると言われていた。これはイリオモテヤマネコにとっては深刻な餌場を失ったことになっている。ジャンボタニシの害も目立っている。

 田んぼが電気柵で囲われたためにイリオモテヤマネコは道路上に出現してくるようになっていると思われる。そのために交通事故にが急激に増えた。これがイリオモテヤマネコの保護活動の最大の困難になった。ところがこのところの二年間交通事故が無い。

 理由は諸説ある。ヤマネコがいよいよいなくなってしまったのか。あるいは交通事故を防ぐ対策が行われ、事故を回避するようになったのか。ヤマネコが車の危険を察知するようになったのか。理由ははっきりしないようだが、道路の状態と交通量からして、危険が無くなったわけではないことだけは確かだろう。

 1969年までは浦内川の中流域にイナバ集落という小さな集落があった。稲作をして豊かに暮らしていた。イナバ集落は内陸部の唯一の集落である。その周辺には、林業開発の村が出来たこともあり、小学校さえあったという。炭鉱のための大きな飯場集落が出来たこともある。

 そのイナバ集落には20ヘクタールもの田んぼがあったらしい。西表全体で77ヘクタールというのだから、内陸部としてはかなりの面積である。そのうちの5ヘクタールを所有されている方が、平良彰健さんという方がいる。

 ショウケンさんは(西表ではそう呼ばれているようだ。)イナバ集落の元住人である。内浦川観光と言う会社を今は経営されている。キッチンイナバの経営もされている。三線をやられる唄者でもある。一度お会いしてイナバ集落のお話を聞かせていただいたことがある。イナバ集落の復活の夢を聞かせていただいた。

 八重山毎日新聞によると、国の水の観光ツアーのコンクールで優秀賞を内浦川が受賞したと言うことである。この記事の中で平良さんが、イナバ集落の5ヘクタールの所有地をイリオモテヤマネコの餌場にしたいと言うことを言われている。イナバ集落を昔の里山のようなものに戻したいと言うことのようだ。観光客が元イナバの集落で昔の西表の暮らしを体験する場にしたいとも書かれている。

 すばらしい発案である。と同時にどのようなものが出来るかで西表の未来像が大きく変わってくるような問題でもある。例えば、イナバ集落に大きなホテルや観光施設が出来ればイリオモテヤマネコにとっては餌場どころか、生息地をさらに失うことになりかねない。

 いかに西表島の自然環境を豊かにすることの出来るかが、重要なことになる。どんなイリオモテヤマネコの餌場を作ることが出来るかどうかが課題なのでは無いだろうか。イナバ集落で大型機械を使わない田んぼ作りをしなければならない。

 それは自然農の田んぼである。イリオモテヤマネコが入ることの出来る田んぼであれば、餌場になる。電気柵を廻らし、イノシシは防ぐ。そして、電気柵をイリオモテヤマネコならば渡ることの出来る、丸太の橋を渡す。出来れば冬季湛水の自然の稲作でありたい。これには私も少しは協力できるかもしれない。

 そして通年通水の田んぼを行う。イナバ集落には船以外では入れないようにする。道路は作らない。道路が出来れば、たちまちに荒らされることになる。もし作るとしても許可車両のみだろう。そして、最小限の施設にする。一つか二つの昔のイナバ集落に昔あったような家を再現する。祖内部落には古い家があるから、参考に出来る。

 この家にガイド付きで泊まることは出来るようにする。せいぜい一組である。そしてイナバ集落を西表島の自然保護活動の中心にする。それは平良さんの考えとは少し異なるかもしれないが。イリオモテヤマネコの保護のために、少しでも出来きることがあればやりたい。

 - 石垣島