諏訪の原の新圃場
あしがら農の会では新しい農場を準備している。北から南を見ている写真。
諏訪の原にある2反6畝の素晴らしい圃場である。遠く相模湾が見える。日当りもよく、緩やかな傾斜で最高の農地ではないかと思う。フラワーガーデンがすぐ近くになる。そこで座学ができる所が素晴らしい。土壌は今度分析に出す予定で採取したが、真っ黒い土だ。私の家から500メートルほどの所だが、明らかに土質は違う。また田んぼまでは300mであるが、そことも違う。土壌というのはなかなか不思議なものだ。今までに野菜が耕作されていたことがあるようだ。そして、10年は耕作がされていなかった。今回ソバカスをここに53袋撒いて、トラックターで耕した。石は北西角にいくらかあったが、そのほかにはほとんど石のない畑だ。北の端に水を貯める大きなコンクリートの水槽があるところを見ると、その昔にはみかんが植えられていた時代はあるのだろう。みかんが切られその後畑になって、そして放棄されたという流れではないだろうか。いずれにしても、久野の畑としては2反6畝の平らの畑がまとめてあるという好条件な場所は少ない。
ソバカスを53袋撒いてからトラックターは作業を開始した。左には大工さんの大きな下小屋がある。小屋が日陰を作ることはマイナスになるだろう。北側の遠くに見えるのは丹沢山系である。小田原のフラワーガーデンまで200メートルぐらいの場所だ。広い道路があり、そこはほとんど車の通らない道で、駐車をしていても問題のない場所である。この畑では有機農業での市民農園をやりたいと考えている。農の会もだんだん技術力が向上し、有機農業をひと様に教えられるレベルにまでなったと言える。ただその前に畑をするためにも、自分たちで試行してみようというのが、今年のこの農場の目的である。一人が75㎡ほどの面積を受け持ち、10数名で一年半回してみる。それで問題が起きないようなら、一般の人たちを募集しようという計画である。ジャガイモを3月初めに植えるところから始めようと話している。その後はどのようになるのだろうか。楽しみであるし、いよいよ実力が問われるところだ。
中央に道路をを作り、左右に畑が配置される。東側が根守さんの畑になり、西側が有機農業塾の農地になる。この道路の幅が2メートルである。全体を耕し終わったのが3時であった。さすがに広い畑だ。この地域には古墳が多く、この畑の隣には15号古墳がある。立派な石室がある古墳だ。看板も、道標もあるから、時々訊ねてくる人もいる。せめて古墳のの周りの草刈りなど管理をしようと考えている。何しろ30センチ以上の榎が生えていて、石室を壊し始めている。全く文化財の保護が成っていない。官地だというので役所の文化財課にきれいにして良いか確認に行ったところ、どうにもはっきりしない。国有地だから国に管理責任があるというようなことだ。国に管理責任はないと思う。国有地であろうがなかろうが、小田原の文化財である。小田原市民が管理しないで誰が管理できるというのだろうか。直径30センチにもなる大きな木が生えるまでほったらかしであるという事は良いことではない。
有機農業塾が出来れば、小田原の農業の未来が少し変わる可能性がある。この有機農業塾が新規就農者の窓口になる可能性がある。ここで学び、小田原の農地を紹介できる。なかなか大変な仕事になりそうだが、70歳までの2年間このことを精一杯やるつもりだ。有意義な仕事になる。あしがら農の会らしい事業にもなる。そして、その2年間で私自身の野菜の作り方の総まとめもしたいと考えている。いろいろ講師の先生もお呼びして、充実した有機農業の講座が出来ればと考えている。すでに参加者の定員はほぼ満杯になっている。この2年畑の会をやってきてつくづくよかった。そこで培ったことが、今度の農業塾に生きてくるはずだ。中心に動いてくれるスタッフとして、根守さん、吉宮さん、渡部さんと素晴らしい人材が揃った。これならうまく行くだろうと確信している。農の会でこうした人のつながりがあるという事が本当に幸運なことだ。