サッカーが弱くなった理由
サッカーワールドカップ最終予選初戦で日本チームは負けた。ホームの初戦で負けた。ワールドカップに出場は難しくなった。運が悪かっただけなどと考えない方が良い。抜本改革が必要である。理由は3つ考えられる。 1、日本チームとしての練習ができない混成チームになっている。2、プロチームは出来たが、強くなることに繋がっていない。3、日本人監督が継続して日本チームを作り上げることができない。 すべての団体球技が弱くなった。団体球技はオリンピックに出場もできないほど弱い。現在の力量では開催国枠で出場しても、競う事も出来ない。強かったバレーボールは全日本というチームを組んで徹底したチームプレーの練習が出来たからである。今の日本の状況は全日本が組めない球技が多いい。企業がスポーツチームを持つ余裕がなくなった。これは企業にスポーツにそそぐ余力が失われたというより、スポーツに向う情熱が失われたのだ。会社という組織の誇りを追求する姿勢が弱くなった。
企業が日本という国を超えたものになったという事なのだろう。トヨタのチームが日本を代表するわけではない。企業に代わって、プロスポーツの登場である。専守は大金を得るためにスポーツを行う。日本の誇りの為に頑張る訳ではない。サッカーなどでは2日前に帰った選手が代表選手として何人も出場し、体力不足を露呈した。全日本として招集して基礎体力から、一緒に積み上げるような地道な練習が必要になる。外国のチームが何故上手く行くかと言えば、チームプレーというより個人技が頭抜けている。個人技で勝負するには日本人の体格からして限界がある。日本人の特徴は連携の阿吽の呼吸だ。なんとなく他の選手の動きを読む力が高い。この特徴をチーム全体の物として生かしたときに強くなれた。日本の選手の良さが発揮できるとしたら、集団としての読みの力だ。それは共同生活しながら、伸ばす以外に難しいだろう。こうした力は徐々に失われてきているという事もあるだろう。日本人の暮らしも個人主義的になってきている。その影響もスポーツに出ている。
肉体的に日本人は少し劣る。平均身長も、筋肉量も、劣るところがある。それを補う集団の力が特徴のはずである。日本人というものをよく知らない、外国人監督の問題がある。なぜ外国人監督であるのかと言えば、サッカー協会のお家の事情ではないか。女子サッカーが強かったのは日本人監督が選手の個性を把握して、チームの強化を行っていた。お雇い外国人で追いつけ追い越せは初期段階のことだ。今外国人監督にしているのは、Jリーグを何とか維持したいからではないか。外国人監督でも日本人監督でも采配は変わらない。問題は外国人監督が選手を育てるのでは、日本人の特徴が分かりにくいという事である。現在の監督は選手の育成をしない。育成された選手を寄せ集めて混成チームを作る。これで日本人の特徴を生かしたチームは不可能である。だから弱いチームしかできないのだ。分からないからいいという事もないではないが、
団体球技で強くなった女子サッカーにヒントがある。澤選手の存在である。核になる日本人選手がいて、日本人監督と良い関係を形成する。そして全日本チームとして、一丸となってチームプレーを磨き上げる。どの球技にも同じことが言える。それ以上にすべての分野で自分の力を向上させるには、仲間の存在が大切になる。みんなでやれば、気力が湧いて来る。陸上競技や水泳のような個人種目であっても、チームとしての競い合いが、思わぬ力を生むことになる。駅伝で培った力から、マラソンの選手が産まれるような形である。400メートルリレーでアメリカに勝利する日本は想像できなかった。チームになった時に湧き出る力は、日本人の可能性だと思う。スポーツだけでなくあらゆる分野で生かすべきことだ。農業でも、水彩画でも、同じことだと思っている。自分を磨き上げる良い仲間を持てるかどうかである。