解散総選挙
安倍政権は衆議院の解散総選挙を行う。その理由は自民党にとって、この時期の衆議院選挙が一番有利に働くだろうという判断だ。何たる馬鹿げた解散だろうか。大義名分なき解散どころか、疑惑隠し解散である。完全に国民が甘く見られている。総選挙を行えば自分への追及等消えてしまうとみている。これで自民党が選挙に勝つはずがないだろう。そこまで日本人を馬鹿な民族とは思わない。選挙を行うためには争点が必要である。政策的を国民に問う必要がある時に行うべきだ。国会において、議論が対立し、国民の判断を仰ぐ必要があるという時に解散総選挙を行う必要が起こる。そうでないのであれば、任期一杯衆議院議員の職務を全うしてもらいたい。アベ政権が今行うべきことは国会で、加計学園、森友学園の問題で浮かび上がった、官僚の忖度によって、許認可が動かされたのではないかという疑問だろう。それを判断するにはあまりにも材料が少ない。
森友学園問題では、学園長夫妻が詐欺罪で逮捕されている。その学園の名誉校長が安倍総理婦人である。そして、様々な補助金の詐欺とともに、学校用地の格安払い下げが行われたと疑わざる得ない状況だ。その払い下げた財務省ではその払い下げの過程をすべて破棄してしまい分からないとしている。しかし、財務省が安倍総理を忖度して、格安払い下げを行ったのではないかという事は、多くの国民には疑念がある。このままで解散総選挙をして、うやむやにしていい問題ではない。ここで終われば国民の政治不信は深まることだろう。そしてそれはむしろ諦めに繋がる。国民が政治を諦めてしまえば、独裁政治が始まる。加計学園に至っては、総理大臣の盟友とされる人物の、獣医学部の認可に忖度が働いたのではないかという事が言われている。この問題も一向に真相究明をしようとしない。両事件ともに原因が忖度にあるからだ。
安倍政権という長期政権に対して、上手く立ち回った方が得だというのが、官僚の姿勢ではなかろうか。それは自民党内にもある。安倍氏に対して異論など出さず、ただただ従っていれば、出世できるという体制である。議論が党内で起こらないような政党で良い訳がない。議員をまるで就職のようにとらえているとしか思えない。日本をよくするためになどと考えている議員はまず少ない。官僚の中にも、議員の中にも自分の保身以外には考えないタイプが増えてきているのではないか。競争に勝ち抜いている間に、自己本位の人間になってしまうのではないか。人のことを思いやることのできない人間になっているのではないか。もちろんそうでない人の方が多いい。しかし森友事件、加計事件の根底にはこうした濁った川が流れている。それは、国民全体の意識を反映したものなのだろう。国民全体が、自分が良ければよいという傾向が強まって来ているのだろう。能力主義競争の結果である。
衆議院の解散総選挙を行うのであれば、この濁った流れでいいのかという事を問うべきだ。「憲法を9条を守る。」「原発を廃止する。」この2点を対立軸とすべきだ。選挙は政策を掲げて争うべきだ。しかもこの2点に日本の未来がかかっている。原発再稼働を行い、憲法9条を無くせば、日本は明治の日本帝国に戻ることになる。北朝鮮と同じような国なると思えばわかりやすい。日本の未来にとって選択すべき問題はここにある。東電労組が下部組織にあるから、原発廃止を明確にできないなどあり得ない。東電労組であるからこそ、原発に未来がないことを知るべきだ。今度の選挙は日本の分かれ道である。これで自民党が勝利するようなら、よほどのう回路を考えるしかないことになる。麻生副総理の考えているように、静かな独裁への道を歩んでいるという事になる。恐ろしいことだ。