人間ドック

   

あれこれ片づけている。絵もずいぶん捨てたし、その他いつか作品を作ろうと考えていた、材木や糸や布や大理石などあれこれも捨てた。もう時間的に、絵以外の作品を作る余裕が少ない気がしたのだ。これからの絵にかける。かなりの本、様々書きためたもの、写真などの記録も捨てた。ずいぶんあった書類も捨てた。この後困ることもあるだろうが、仕方がないと思いながら捨てた。そうしたら、一度捨てた手紙の中に、人間ドックの検査報告というものがあった。捨ててから、思い出して気になって拾ってきた。見ると、40歳の時に送られてきた結果通知だ。山北に来て1,2年経ったころのようだ。世田谷学園にまだ勤めていた。人間ドックの案内が学校を通してきたのだと思う。もう学校は辞めるし、こういうことも今後はない経験になるだろうから、受けてみようと考えて出掛けた。渋谷にある病院だと考えていたが、社会保険新宿健診センターと書いてある。どうも学校とは関係がなかったのかとも思えてきた。あやふやなものだ。

他に覚えているのは、昼食に結構おいしいお寿司が出たことである。前日から食べていなのだから、何を食べてもおいしかったのかもしれない。そして、心臓がEとあり、再検診と書かれている。その再検診に出掛けたのが、渋谷の病院だったのかもしれない。再検診して問題が見つからないということだった。ホッとしたのだが。今思えば点数を稼ぐための、再検診だったのかもしれないという気がする。再検診も、特別な診察とは言えないもので、段差を上り下りしながら心電図を取り、何でもないということだった。その後、24年なんでもないのだから、何でもなかったのだろう。24年前の記録は一応残しておく価値がある。慎重170,6センチ体重54,7キロ、体脂肪18とある。体重は昨晩が55、1キロだから、少し増えたぐらいか。身長はたぶんもう少し小さくなった気がする。そのほかいろいろの項目のデーターがある。良くはわからないが、今度人間ドックを受けたなら、参考になるのではないかと思って保存した。つまり、65歳を区切りに25年間隔で、自分の身体の検査はしておいた方がいいだろうと思った。

慶応大学の近藤誠先生が、がんの早期発見、早期治療は意味がない。と言われている。一理あるとは思うが、自分の身体を調べるのに、近代医学の検査機器を利用しない手はないと思っている。血液検査をして、25年前とどのように違っているのかだけでも興味がある。心配しても仕方がないが、情報がなければ、対応も出来ないとは思っている。今まで情報は内観法でやってきた。自分の感じ方で、おかしいところを判断してきた。要するに気分の問題である。おかげさまで医療とかかわったのは、山北に移ってから、帯状疱疹の一度だけである。医療と言っても見ていただき、後は漢方を飲んで、我慢したというようなことだった。今までが幸運だったのだとおもうが、自分の身体の管理がある程度、自分でできるようになったということもあると思っている。

今度どこかで、人間ドックというものに行こうと思っている。どうせやるなら、しっかりしたものを本格的にやろうと思う。どこがしっかりしているのか、何をどの程度見てもらう必要があるのか、調べてみている。細胞の遺伝子情報まではいらない。しかし、雑なところで間違えがある医療機関も嫌だ。24年前も、しばらく嫌な気分で暮らしていたが、再検診と言われたときの覚悟をしておく必要はある。健康に於いては、気持ちというものが極めて重要だと思っている。ストレスが一番の病気の原因である。心電図の再診理由には、Q派ST降下とある。これは何の意味だか分らなからない。インターネットで調べてみると、あれこれ説明が出ている。心筋梗塞を心配するような必要があったのだろうか。そういうことは、知らないで良かったようなものだ。

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