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笹村 出-自給農業の記録-

生物多様性

   

 

生物多様性が大切と言われている。何故大切なのだろうか。たぶん人間が生きて行く為に必要なことだから、と言うことだろう。その繋がりはどのような仕組みなのだろうか。もう一つ理解しにくい部分がある。トランプ大統領ならば、「生物多様性、そんな物は関係ない」と主張するだろう。

大事なのだと言うことを教えられたとおりに鵜呑みにすれば、そういうものだと言う以外にないほど、重要な概念だとは思う。頭では何となく理解はしている。しかし、多様性と人類の生存との関係は、そう簡単なことではつながらない。シュバイツアー博士が悩んだように、病原菌も命であり、生物多様性の一つである。

そもそも人間が地球を独占しようとして、好き勝手にいじくり回していること自体が問題なわけだから、多様性を大事にするなら、人類を減らすことしか方法はない。明らかに地球という容量に対して、人類は多すぎるだろう。まずは人類の数のへら仕方が一番の問題。

病原菌だって役割があり地球上に存在している。そう考えない限り、生物多様性の価値という考え方は成立しない。ない方が良い生物はあるのだろうか。地球において調和する生き物の量と種類と言うことがあるのだろうか。たぶん調和などない。地球の歴史は、常に経過である。

私自身はどうなのだろうか。ない方が良い生き物の可能性もある。それは人類がない方が良いと言えそうな状況だから、生物多様性を主張する人はまず自分がいなくならなくてはならないのかも知れない。人類の減少だけが多様性の維持にならないか。ここがよく分からなくなる。

例えば、増えて、増えて、ふえて、地球を破壊する人間という悪者を、撲滅するために、正義のウイルスがあらわれているのかもしれない。多様性のためのバイキンマンである。地球とか、生物全体の観点から見れば、最悪のウイルスこそ、地球永続のために意味のある生物なのかも知れない。

何が正しくて、何が間違いかは、時間と空間の距離によって違ってくる。自分の残りの24年間で見れば、ウイルスには関わりたくない。素晴しい農作物を栽培したい。絵を描きたい。ジャンボタニシだって、アメリカハマグルマだって利用できるもの利用したい。

確かに石垣島に存在する希少生物の維持を考えるなら、まずアメリカハマグルマは淘汰した方が良い。それくらいは分かる。そのアメリカハマグルマもよかれと考え、持ち込んだものだ。道路畦畔の維持を考えた景観植物ではなかったか。美しいと言えば言える。

侵略的外来生物。ワースト100である。これからどうなるかと言えば、まずは沢山の従来の生物を駆逐して、石垣島を覆うことだろう。そして、そのうちアメリカハマグルマも徐々に減少していく。そして新たな植物がまたはびこり始める。1万年くらい先の話だ。

バイオマスの量から言えば、アメリカハマグルマが地表を覆うことには意味がある。熱帯の強い日差しの中でも旺盛に繁茂する。地表に何もなければ、砂漠化するところを、アメリカハマグルマが助けてくれている側面もある。それは様々な外来の牧草も同じである。

時間と空間の距離。かつて地球は何度も生物自体が絶滅しかかった。そしてまた生物は増大し、多様性を増した。それは波動のように、増えたり減ったりしながら、ここまで来たはずだ。そしてついに人類という最終兵器の登場である。人類は地球そのものを滅ぼすことが出来る力を持った。

そんな生き物はかつてなかった。アメリカハマグルマは確かに強烈に独占して行く植物である。しかし、アメリカハマグルマが、すべての生き物を覆い尽くして絶滅させるほどではない。数千年ぐらいの時間軸で調和して行くはずだ。せいぜい数万年だ。

排除すべき植物とされる、防風林のモクマオウも、樹林コーヒー園のギンネムの木も貴重な植物である。下の田んぼの畦に生えてくるアメリカハマグルマは牧草を抑えてくれて役立っている。先日下の田んぼで見つかったカダヤシも排除すべき生き物である。

と言っても蚊が出てこないだけ有り難いではないか。マラリアに感染するので、廃村になった地域である。蚊に刺されるよりも、カダヤシがボウフラを食べてくれる方がはるかに良い。何が良くて何が悪いかは立ち位置によって異なる。メダカにしてみれば、カダヤシは脅威である。

何故、帰化生物は生物多様性を犯す悪者なのだろうか。すべての生き物は帰化生物として始まる。農作物のほぼすべてが帰化植物である。それは生物多様性を侵害しているのだろうか。たぶん、農作物を含めると、もう排他的外来生物の考えは成立しない。

少なくとも私の残り23年間で考えれば、農作物のすべてが、有り難い有用生物と言うことになる。先日県の農研センターの方から、ウイルスを蔓延するから、ひこばえ栽培は止めて欲しいと言われた。これはどういうことなのだろうか。

有機農業で農業をすることが、行政から制限されると言うことがあるのだろうか。狐につままれるとはこのことだった。もう県の農研センターの人の、のぼたん農園の立ち入りは禁止する。どうしても入りたいのであれば、強制立ち入りの許可を得てからにして欲しい。

ひこばえ栽培を止めるべきの理由は、ひこばえ栽培を無農薬で栽培すると、ウイルス病に感染し、それが広く蔓延させる原因になるとの主張である。一応は研究者らしいが、農業や、八重山の環境には、無知な人間としか思えない。あるいはなにか怒りでも抱えているのか。

石垣全体のどこの田んぼでも稲刈り後、ひこばえは生えているだろう。何故のぼたん農園のひこばえだけが問題になるのか。馬鹿馬鹿しくて話にもならない。沖縄県では、稲刈り後ウイルスが広がると行けないので、すぐに漉き込むようにと言うような指導をしているというのか。

さらに言えば、牧草はウイルスを広げるから止めろ。と言うことになるのではないか。イネ科の植物にウイルスは広がって行く可能性はある。それは強弱はあるが、自然というものの成り立ちであって、折り合いを付けるしかないのだろう。

その至る所の稲刈り後には出てきているひこばえには目を向けないで、有機農業で栽培しているのぼたん農園のひこばえ栽培だけを問題にする。この偏見に満ちた悪意には驚くばかりである。簡単に言えば、頭の固い先入観に満ちた、悪意の研究者そのものである。

ウイルスはベトナムから、ピィリピンから、ツマグロヨコバイやウンカに寄生して飛んでくる。文句があるのなら、そっちに言いに行ってもらいたい。ああそうか。生物多様性では、ウンカも、ツマグロヨコバイも守らなければならない。そのうえ、ウイルスだって守る必要がある。

ここまでたどると訳が分からなくなる。それで考えるのだ。人類の都合で考えれば良いのではないか。人類と言ってもわかりにくいので、せいぜい孫子の時代までだ。それ以上の先の話は話したところでむだな水掛け論である。しばらくの間、人間が行きやすければそれで良いとするほかない。

生物多様性は、若干お題目である。もう少し現実に沿って考えてみる必要がある。石垣島では珊瑚を守る活動がある。私も珊瑚は守るべきだと思っている。赤土や窒素などの富栄養の水が海に流れ出ることが問題だとされている。異論はない。その通りだと思う。農業の方法が悪いし、家畜の糞尿にも問題はある。

しかし、実際の珊瑚が消えて行くのは海水温の上昇である。毎年かなりの珊瑚が高温で白化現象が起きている。だから、赤土の流出を止めるという国の活動には説得力がない。そんな努力しても枯れるんでしょう。と言うことになる。では観光資源の珊瑚はどうなるの。

それは、熱帯の珊瑚を導入するほかない。看護の増殖活動をするときに、熱帯産後を植えるべきだ。もしそれをしないのではあれば、せいぜい数千年待てば、暑い海から流れ着くかも知れない。まあ長くても何万年待てば良いだろう。いずれにしても、合わせ技で対応しない限り、珊瑚を守ることは不可能である。そう地球の高温化の阻止である。

どだい、これほど帰化植物が広がって行く原因の一つに、この高温化が作用している。従来の動植物が息絶え絶えなのだ。気候変動は方が、生物多様性に影響が大きい。それなら氷河期はどうなるのか。熱帯からやってくる様々な生き物が生息域を広げて、登場してくる。だから、世界中が、気候変動対策会議をしているわけだ。アメリカを除いて。

生物多様性問題は、なかなか複雑で、あちらを立てればこちらが立たずである。だからというわけではないが。自分の生きている間のことを考えるほかない。1万年先の話を問題にしていると、赤土流出と熱帯珊瑚がその頃どうなっているかなどという訳の分からない話になる。

まず農薬は止めた方が良い。その次に、化学肥料も止めた方が良い。家畜の糞尿は堆肥化して、農地で使うようにしなければならない。たぶん人間の糞尿もそうだろう。要するに伝統的生活にできる限り戻るべきだ。冷暖房は禁止か。そこまで行かなくとも、かなりの自粛生活が必要である。

日本は有機農業だけで食糧自給が出来る農地がある。これは私が35年かけて実践してきて、分かったことだ。そんなはずがないという意見を良く聞くが、それなら私の農場を見に来て貰いたい。出来るのである。やっているのである。生物多様性を主張する人が、自給的生活をしなければダメだ。

 

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