菅財務大臣
財務大臣が素人で大丈夫か。円安口先介入問題に始まり、財政について常識的予備知識もない人間で大丈夫だろうか。こう言う指摘が繰り返されている。今回の藤井氏の降板、菅氏の登場は、かねてよりの筋書きのような気がする。まず、民主党などという、経験のない素人集団が政権を担当して、大丈夫だろうか。まして、財務というとても複雑な仕事を、経験もない者が到底無理だ。政治主導など大見得切て官僚の協力無しに何が出来るというのか。こう言う意見が政権発足時大勢を占めていたと思う。その前提での藤井氏の財務大臣就任であった。唯一、大蔵官僚出身者で、大蔵省内部に人脈のある藤井氏の財務大臣に就任して、大蔵省官僚を使って予算を組む必要があった。そして、予算が出来、一定の安定感が国民の中でも、国際的にも生れた所で藤井氏は退く。ここまでの筋書きが、藤井氏にお願いされていたと考えると、色々が見えてくる。
菅国家戦略相に存在感がないと、散々に言われた。目立ってはいけなかったのだ。財務は専門性がとても強い仕事である。しかし、官僚主導を取っ払うためには一番乗り越えなくてはならない、基盤的部署である。財務を素人がやってしまえる印象が作れれば、官僚へ任せなくては安心できないという、国民の持っている不安感を取っ払える。今菅氏を財務大臣にして、民主党がやろうとしていることは、そう言う事だと思える。今回の藤井氏辞任についても、小沢氏がどうだこうだ言ったとか言わないとか、くだらない邪推を面白おかしく述べるのが、今の時代の政治評論家のテレビ的役割である。何故、官僚主導がいけないのか。ここに論壇を張るのが、政治評論家の役割のはずだ。偉い人が叩かれるのが面白い。というようなレベルの風呂屋談義、床屋の政談、を盛り上げているだけではだめだ。評論家のレベルが低い訳ではない。報道での役割が、内部事情通に限定されている。日本の進路について、きちっとした議論をする役割がない。
民主党の政策自体に切り込んで行く論評がない。そんなものをテレビは、期待していない。小沢幹事長への正月詣でがニュースである。小沢氏がどのように鳩山氏を操縦しているのか、こればかりが関心事である。もう一つ出て来るとすれば両者の金銭汚染問題である。こんな日本の大切な曲がり角に報道として立ち会いながら、何故奮い立たないのだろうか。子供手当て、26,000円。間違った政策だと考えている。少子化対策と関連しているつもりだろうか。お金がないから、子供が育てられない。こう言う思想が間違っている。第一、人口はまだまだ減らなければならない。その国家の人口は食糧生産に見合うだけだ。国家としての循環型の農業生産で養える人口というものがある。8000万人ぐらいか。子供がよりよく育つ条件がないというなら、各家庭に手当てを出すより、子供を育む環境を社会が作り出すほうに、例えば、働きながら子供が育てられる環境を作る方が、選択として正しいのではないか。
菅財務大臣は満を持して登場したはずだ。素人らしい姿勢を貫いてもらいたい。菅氏はただの素人ではない。学生時代のノンセクト・リーダーとしての活動を思い出してほしい。市川房江氏の下で働いた時代を思い出してもらいたい。財務官僚の常識などクソクラエである。何の為にここまで来たのか。菅氏が政界にどれだけ汚染されたかが、これから分かると言う所だろう。素人だから財政政策が出来ないというのは、常にある専門家といわれる人達の脅かしである。政治は素人がやるべきものだ。専門性のある、スタッフが財務官僚だ。スタッフに飲まれないように、素人だから出来る、日本の財政の大改革に乗り出してもらいたい。財務官僚たちが、財政を牛耳ってきたとするなら、今の膨大な赤字の財政をどう弁解するのだろう。能力が無いから、このとんでもない赤字国家を作り上げたのだろう。素人の方が健全な生活感覚がある。
昨日の自給作業:竹切り一昨日とあわせて5時間。 累計時間:10時間