野生動物被害
小田原では深刻な野生動物被害が続いている。昨年から、何処でも同じようだが、猪が、街中まで出るようになった。10日には酒匂川の河口に鹿が4頭出てきて山に戻すのに大騒ぎだった。小田原市では一人になってしまった環境課の職員がそちらに行っていて、メダカサミットの打ち合わせに出れなかった。酒匂川河口にはどうやって出てきたか、という話になった。箱根の方からでは、小田原の市外を抜けて行かないとならない。どうも曽我山の方、あるいは大磯の方からくるらしい。猪の出没が結構目立ってきているそうだ。二宮辺りはどう通り抜けるのだか分からないが、先日行った運動公園辺りの様子では、放棄された谷戸田に潅木が茂り、生き物の住処としては絶好になっている。案外街場が住みやすいのは、ネオンが恋しい中年飲ん兵だけじゃない。
以前にも書いたが、ツバメの巣が雛もろとも捨てられた事件があったが、ツバメは人家に巣を作ることが、安全だと考えている。タヌキでもハクビシンでも、天井裏や縁の下の方が安全だと考え始めている。山の方に食べ物がないというのも、一概には言えない。主なる原因は犬の放し飼いがなくなったことだと思っている。私が育った、山梨の山村では、何処の家でも猪追いの犬を飼っていた。おじいさんの家には芦安から貰った甲斐犬の襟がいた。夜になれば必ず放した。この犬は活動的で、山中を走り回っていた。この犬のお陰で、猪が出なくなった。みんながそういっていた。隣の芦川の方では、富士の演習のせいで、猪が大挙押し寄せるようになり、こんにゃく以外出来なくなった。だから集落に柵をめぐらし、その中には猪を入れないようにしていた。昔だって野生動物の被害は多かった。但し、専業の猟師さんも結構いた。猟師さんのところの犬の子供を貰い、それを夜になると放すのだから、犬どもは夜には群れになって山を走っていたのだろう。それで、犬の害があったと言う事はまったく聞かなかった。むしろ都会のほうが、野犬の害は問題になっていた。
暮し方が、野生との付き合い方が、もっと巧みだったと思う。最近は田んぼでのスズメの害も、結構目立つ。昔は秋になるとスズメ追いがあった。谷の一番の上部の狭くなったところに、霞網を仕掛ける。3キロほど下の谷の入り口から、「ほーいほーい」と掛け声を上げながら、横一列になり、長い竹竿をもった青年団の人達が、追い上げてゆく、スズメは群れになって徐々に谷の上に上ってゆく、そして一網打尽。そのスズメは甲府の焼き鳥屋が1羽10円で買ってくれるといっていた。今は、霞網は法律違反だ。ミカンだって、柿だって、栗だって採らない家が結構ある。これが色々出没する原因になるのだ。昔は柿が取り残されるなど、考えられなかった。採らないなら、誰かにとってもらわないといけない。
里地里山の暮らしが戻れば、色々解決するはずだ。野生動物を排除するのでなく、上手く折り合いをつけて、暮してゆくのが楽しい。奥が深い。日本の昔話をみれば、タヌキも狐も、河童まで結構上手く付き合っていることが分かる。犬を放す事が、法律で規制され、一見安全になったように見えても、犬との付き合い方が分からない人間が出て来るだけだ。人間が始末が悪いのだが、結局犬の責任にされる。本来犬は人家の周辺にうろつきながら、いい距離で人と関わって、暮らしを形成してきた。そして、犬から人間が学んだ暮し方がたくさんある。犬には犬の役割が明瞭だった。暮し方が崩れて、野生をおかしくしたのは、人間のほうだ。