音楽は人間を救う。

   

歌はとても好きだ。ほぼ毎日三線を引きながら唄う。子供のころから歌を歌う家族だった。家族対抗歌合戦を毎晩やっていた。食後は時間があれば歌の会になる。その頃は大家族で10人以上で一緒に暮らしていた。順番に歌ったり、みんなで歌ったりずいぶんにぎやかだった。今思えば変わった家族なのかもしれない。歌を唄う家族ということで、面白いといってラジオが録音に来たこともあった。歌声喫茶というようなものもあった時代なのだから、日本中歌う事で活力を得ていたのかもしれない。歌がある暮らしは素晴らしい。今は、カラオケというものになった。あれはどうも苦手だ。歌っている姿がグロテスクに見えてならない。本来唄というものはみんなと繋がるためのものだ。心を一つに通わせるために歌う。そこにはつながる暮らしというものがなければ。大学の頃もよく歌った。美術部の合宿というと歌いたい歌の募集をした。歌詞をガリ版刷りしたものだ。そういえば下駄ではなく、ギターを鳴らしていた小柳さんは今どうしているのだろう。年賀状もお互い出さなくなった。

ナンシーでもみんなで集まると、日本人グループで合唱をした。するとフランス人も合唱をする。フランス人の合唱には必ず、ハーモニーが登場する。それぞれが自分のパートをいつの間にか探し、個性を発揮して唄う。個性を発揮することが、素晴らしい全体になるという、民主主義をそこに感じた。フランスの文化の厚さに感動した。日本人グループもすぐに、複雑な合唱の練習を始めた。楽しい思い出である。テレビの歌番組というものは見たことはめったにない。紅白歌合戦というものを見たのは1回だけだと思う。1978年の1月にパリの東京銀行で余りに懐かしくてじっくり見た。夏川りみさんが出て石垣の織物の衣装を着た。ビギンが出たとか、石垣島好きとしてはそれだけは知っている。ユーチューブで唄をあれこれ聞くのは好きだ。同じ歌をいろいろの人が唄っているのを聞いて、自分の好きな歌い方というものを楽しんでいるとすぐ時間がたってしまう。後で、他の人の感想を聞くと、大抵は私の好みとはまるで違っている。歌の好みはそれぞれちがうようだ。

みんなが同じという時代は終わっている。にもかかわらず、正月10日ぐらいまでは紅白歌合戦の話題は、繰り返し取り上げられる。歌というものが、時代の中で生きているという事なのだろう。絵画というものは社会からはほぼ消えた状況である。音楽というものが、人間の魂に直接触れるという意味で大切なものなのだと思う。表現方法として音楽が、疎外された社会で新しい役割を持つのだろう。人間が生きるという事が個人的なものになった。しかし、人間には共感したいという思いがある。八重山民謡が八重山で生きるという事に大きな要素だったことに立ち戻る。分断された社会で音楽が人間を救済する可能性は大きいだろう。そして歌うという事も私芸術なのだろう。誰かに聞かせるという意味と。それとは別に声を出して歌う事で、自分自身の癒しになる。心の洗浄というか、活性化に音楽は大きな役割がある。その個別的な行為が、みんなで歌う事で、人とつながりが持てる。このあたりが歌の力なのだろう。

正月には正月の唄を唄いたいと練習を重ねた。正月の唄を下手なりに唄ってみた。八重山民謡の「鷲ぬどるい節」正月の唄である。めでたい歌である。冠鷲の唄である。冠鷲の親子が大空を舞うという唄である。唄の方は一向に上達しないが、石垣の師範から初心者なのだから、鷲ぬどるい節あたりの唄から練習しなさいと言われた唄である。実にのどかで、緩やかである。正月の空に晴れ晴れとした歌である。明るい年を迎えるにふさわしい歌である。八重山民謡コンクールでの新人賞の課題曲の4曲に入っている。今年の目標としては、この4曲ぐらいは唄ってみたいものだと思っている。唄ということで気になることがある。柳田国男氏によると、昔は午前中には歌は唄ってはいけなかったらしい。特に朝から歌を唄うという事は禁じられていた。その理由は歌が何か悪いものを呼び覚ますという意識だったのだろうか。 

 

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