農の会の総会
昨晩瀬戸屋敷で農の会の総会があった。50人近くで行われたと思う。農の会はやりたいことを提案できる場であればと考えている。『地場・旬・自給』の考え方の範囲であれば、神楽をやるということもあれば、小麦を作るということもある。以前は田植え歌を歌う、お茶会をやる、寸劇を行う、暮らしから生まれた作品の展示会と言うものあった。あくまで提案の場であってやっていけないというようなことは、ほとんどない。その時そこに居る人がやってみたいことを提案できるというのが、この会の特徴である。その精神を支えているものは、一人でもやるということだと思っている。提案して誰も賛同者がいなければ、一人でやればいいということだ。大切なことは、活動を広げるとか、世間にアピールすると言うようなことは、この会では意味がないと考えている人が多いようだ。広げることはむしろ負担が増すという現実がある。大抵のことは、自分の為の活動であり、誰かのためにという活動ではないということ。
会の活動に置いては、やりたい人がやりたいと手を上げる自由と、やりたくなくなれば止める自由が大切である。間違えやすいのは、活動の拡大やアピールすることの意義を建前としがちな点だ。社会の組織が大抵はそうだからである。設立当初からそういうことはできる限り避けてきた。言ってみれば、農の会の活動は個人活動の連携である。社会奉仕活動ではないという割り切り方である。中には、農の会なのだから、こんなことをやるべきだという意見もある。しかし、自分の食糧の自給の為が基本である。それは『地場。旬・自給』に示されたとおりだ。農の会が何かをしてくれるとか、何かをしなければならないということは、全くない。ここが大切な所だ。もう一つには、代表とか、理事会とか、そうした組織的なものもできるだけ避けようとしてきた。あくまで個人であリたいと言うことで、組織と言う社会通念を形式に過ぎないとして無視しようとしてきた。
農の会を始めるにあたってそのように考えたのは、道元の行動から学んだものである。道元は自分が体得したものを、宗教として広めようとはしない。聞きたいものが居るなら、共に修行するのもいい位の姿勢である。素晴らしいから布教するなどと言うことは考えてもいない。この清々しさは尊い。この資本主義の時代では、大きいことはいいことになりがちである。一人で細々とやっていれば、大して意味がないと思い込む。社会や、他人に対して意味がなくていい。細々が良いころあいである。人を集めなければ出来ないようなものを出来る限り排除しておく。一人で誰の手も借りないで、始められるというのがむしろいい。そして興味がある人が加わる。面白くない、やってみたが違う。気持ちよく止められるのは、止めてもその活動に影響が出ない「仕組み」で運営されていることである。
農の会の事をあらためて考えるのは、原発事故によって放射能汚染に直面したことによる。原発事故は明治以降の日本人の生き方の答えである。多くの人間が生き方を変えることが困難で、原発から離れられない。地場の思想では、この地域で最善のものを作り、この地域でとれたものを食べる、と言うことだ。たとえそれが放射能で汚染されてしまったとしても、他に食べるものはないと考えている。私の自給は、採れなければ食べないという覚悟である。だから暮らしが面白い。放射能で、私自身の覚悟が問われた。子供に汚染された食べ物を食べさせていいのかということである。大人とは違う、一定の基準を持って食べさせる以外ないと、考えている。妥当な線はどこにもないのだが、40ベクレルと言う文部省の基準は、ひつつの考えである。私自身は100ベクレルまでは喜んで健康に良いと考えて食べる。その程度で、小田原では年間の平均では、環境からの影響を含めても、1ミリシーベルトを超えない。この土地の条件は、慎重に対応すればやって行ける。又話が放射能に行ってしまった。農の会は放射能に直面し、その真価が問われている。