原発事故補償

   

東電から、今回の放射能汚染に対する補償の書類が送られてきている。16日にはJAの補償交渉の説明会があった。16日に説明があり、一時申し込みの締め切りは21日には書類提出と言うことで、到底対応も出来ない。農の会ではまだ田植え作業が続いている。昨日は内山の田植えだった。気持ちよく田植えはやったのだが、気持ちがどうにも晴れない。この田んぼの責任者の鈴木さんは、宮城の歌津と言うところで支援活動を続けている。東電の補償の申込書のようなものは、そもそも東電の論理で出来ている。原発事故による放射能汚染補償はこちら側の論理で進める必要がある。一時金が早急に必要なために対応をいそぐ気持ちはわかるが、今回の事故の責任を明確にすることが補償の大前提である。事故は直接の責任は東電にあるが、国にも原子力の管理責任者としての根本の責任がある。東電はやらされてきたともいえる。このことを問わない限り、この間違った政策が、補償問題の場面で問われることにならない。農の会は農の会の必要とする姿勢で、東電に対して向かって行きたいと思う。

第一は『地場・旬・自給』を目指し、あしがらの地で行ってきた活動に対して、大打撃が与えられたことである。土づくりを農業の根本理念として、当面の生産が縮小することがあっても、将来の良い土壌を作り出すために、緑肥作物を作り、堆肥を作り投入する。作物を作ることと同等に土づくりをしてきたと思う。10年先、20年先の農地が豊かなものになっていることを思い耕作してきた。それは普通の農業者には、なかなか負担が大きく無理なことだと分かっていた。暮らし全体を地域の循環に織り込んでゆく。どれだけ自然を改変せずに暮らす事が出来るのかを考えてきたと思う。それを台無しにされた怒り、人生そのものを無駄にされてしまったような悲しみが満ちて来る。自然養鶏を提唱し実践してきたものとしても、対策のない絶望感がある。この点に対する、共通認識を東電や政府が立つことが出来るかである。絶望を抱えたものが再起できる、補償である。

補償については、現状を回復させる。これが大原則だろう。汚した責任は放射能を取り除いて元の土を返してもらう以外にない。と言ってもそれは無理なことはわかっている。それならばどうするかである。回復の出来ないような国土の汚染をした者の責任とは何か。その原因たる原子力発電所を廃絶することしかない。作られてしまった死の灰をどう処理するかである。具体的な補償金と同等の重大な意味がある。もしこの先にも同じようなことが繰り返し起こるかもしれないとしたら、農の会の理念自体が成立しない。この問題においては、原発を作りその恩恵を受けてきた国民の一人として、加害者でもある。子供たちやさらに未来の世代に対して、取り返しのつかない大失敗をしてしまった。その主たる責任は、私達団塊世代にあると考えざる得ない。次世代の人たちが農的な暮らしを送りたくなるような、豊かな環境を作り出すということに主眼がある。放射能が無くなる未来の補償である。

農の会の枠組みで、独自の補償対策を行わなくてはならない、ということが分かった。と言ってその余裕が現実にはない。現実にはないからと言って、やらない訳にもいかない。さてどうしたらいいのだろう。ともかく自分達の方式の補償の具体化を行い、交渉を開始することだろうか。この直接の農業から言えばまったく無駄な作業を強いられることは苦しいが、この原発の責任の一端があると考える以上、次世代へのお詫びということになるのか。残された人生の年限が10年とすると、この10年のかなりの部分を、原発に費やされることに成るだろう。つらいことだが、受け入れざる得ないことのようだ。覚悟を決めて取り組むことにしよう。

 - Peace Cafe