さなぶり

   

さなぶりが農の会で始まったのは、諏訪間さんが昔の南足柄の風習として提案されたのが始まりである。さなぶりの風習が無くなりかけている。これを復活するのも、農の会の役割だと提案された。諏訪間さん夫妻は考古学をされていている。当然歴史には厳密で、この言葉の語源についても諸説あると、最初から言われていた。まだ、親子田んぼが桑原で行われていたころだから、10年以上前のことになる。早苗振舞いを連想するし、そういう説もある。しかし、調べてみると、「早上り」さなぼりからきているというほうが、納得がゆく。「さ」が田の神を意味するというのは、笹村である以上すぐ納得する。田んぼの神が降りているのではないかと思うほど、田んぼ好きである。田んぼの神である「さ」は田んぼが始まると、山から下りてきて、田植えが終わると、山に登ってゆく。

ここでの山の神は多分にご先祖を含めた、見守ってくれているものの感覚であろう。私のご先祖がまさか、箱根の山にいるはずもないが、なんとなく上のほうから守ってくれている感じはある。田んぼは水である。水は山から流れてきている。そして海まで流れてゆく。この海が実は山であって、水は海に流れ登って戻ってゆく感覚があったらしい。水は循環しているのであって理にかなっている。山から流れ下る水にいつも何かが宿っていて、稲を育ててくれている。この感覚はとても納得がいく。だから田に水を引くとともに、山のほうから、田んぼの神様が降りてくるというのは当然である。そして、田植えが終わると、また山に戻って田んぼを見守ってくれている。それほどお米ができるということは、素晴らしいことだし、奇跡のようなことである。水にまつわるすべては、戦いであり、協調である。水利共同体の形成と、日本人の根幹をなす信仰。

舟原田んぼでも、無事一段落したということで、今日さなぶりとなる。欠ノ上田んぼが新しくできたので今年は合同で行う。赤松さんの所である。棚田では、水が落ち着くのは、水が入ってから3週間はかかる。一通り穴がふさがり漏水が収まってくる。コロガシが通って、土がようやく水持ちを良くする。大量に沸いたミジンコなどの微生物が、トロトロ層を形成する。そうしてやっと安心して、さなぶりである。さなぶりは一品持ち寄りで、飲めや歌えである。昔このあたりでは、田植え当日の夕食をさなぶりとした集落もあったらしい。昔は、田植えは近所の人たちが手伝いでやってくれた記憶がある。当事者の家では、むしろお手伝いの接待の準備であった。田んぼが個人のもであり、集落のものでもある。上から順番に水入れをして、代かきをしなければ、水が足りなかったはずである。この記憶はまだ残っている。

田植え当日のさなぶりはとても無理なので、田んぼが落ち着いたころに報告や相談事を兼ねて、今になる。今年の稲の生育状態の報告など少しは話す。さなぶりまでになんとか一通りのコロガシを済まそうと思っていたが、今日これから田んぼに入って、2時間やって下の田んぼ、上の田んぼ、の縦横が終わる。中の田んぼはまだ手付かずだが、草がほとんどないので、このあとで大丈夫だ。舟原田んぼでは、演奏をされる人が多い。それで、大抵は合奏になる。それぞれが即興的に演奏に加わって、楽しく過ごす。私は無芸だから、竹で作った、太鼓をたたく位である。昨年のカキノさんのバイオリンはすごかった。今年もタンドールチキンを作ろうと思っている。

昨日の自給作業:コロガシ、草刈り3時間 累計時間:3時間

 - あしがら農の会