自給農業の大きさ

   

厳密に言えば、100坪、1時間は大きすぎる。これは、日本の大半の地域を想定して表わしたものだ。小田原と山北でも相当に違う。また、日当たり、土の性質。これでも相当違ってくる。だから、少し広い土地と、大目の時間で余裕を見た。小田原の久野の南向きの傾斜地で言えば、60坪の土地で、1人の自給は可能だ。これは大げさでも、なんでもなくて、20年やって来たことだ。最小限の暮し体験をやるので、やってみてもらいたい。自給暮らしなど、不可能なことだと思い込まされた。誰か偉い人の、人様のお陰がないと、人間生きていけないと思い込んでいた。所がやってみて、あまりの簡単さに、ビックリ仰天して、安心して絵を描いて暮せるようになった。但し、それには技術がいる。今まで20年その技術を磨いて、時間短縮してきたものだ。山を開墾を始めて5年間、ただの土を畑というものにする技術が見えなかった。昔畑だったところは何と言っても楽。

「土づくり」誰もが言う事だが、自給の基本。だから始めて初年度から、食糧生産が出来るなど思わないほうが良い。ひたすら、作物向きの「自分向きの土」を作ること。土さえ出来れば、後は一気に楽になる。と言っても土づくりなど、究極の百姓仕事だ。そう簡単ではない。こう言うところで挫折する。基本が大切。しかも、土づくりにも、流儀がある。誰にも自分の流儀が必要で、自分で掴むのが良い。私の基本は草との付き合い方。「いい土は草が生えなくなる。」これも専門家がよく言う。しかし、いい土なら草が茂りそうなものだが、これがそうでもない。何故だか、たちの悪い草が減っていく。いやな草が減るに従い、作物ができるようになる。虫も減る。病気も減る。「草堆肥」これに勝る物はない。但し、手間暇がかかり、ぐうたら向きではない。そこで、鶏を飼う鶏小屋の床が堆肥場。鶏小屋には草を出来るだけ入れる。草の上に鶏が暮しているようにする。家庭の生ごみなども入れていい。鶏が勝手に堆肥を作る。

鶏は1人1羽。4人家族なら4羽。毎年、雌鶏に孵させて雛を取る、雄鶏や卵を産まなくなったら雌鶏は食べる。基本は鶏肉と卵。家の鶏肉は今でも、ちょっと食べにくい。田んぼは緑肥でやっているが、面積を節約する必要があれば、裏作に小麦をつくる。米ほど取れないが米とあわせれば、30坪で最低でも60キロにはなる。多ければ100キロにもなる。これで主食が確保。田んぼの周りには大豆を作る。これで味噌醤油確保。稲藁、麦わらを充分生かして、畑を作る。鶏小屋に入れても良い。野菜の方は畑が出来てくればそれほど肥料はいらなくなる。最後のトウモロコシは8月蒔いて10月末の今になって食べた。畑は狭い方が、手がまわってよく出来る。土が出来れば、連作などそれほど気にしなくても良い。ピーマンなど、1本で長く採る方が結局上手くいったりする。7月から食べ続けて、途切れることがない。キュウリだって、1本がまだなっている。トマトも11月まで大抵食べる。できれば小さなビニールハウスでもあるといい。

結論として、300坪の土地があれば、一反で家族が暮せる。4人家族が自給できる。畑を優先して家を作る。この広さで畑や田んぼやお茶や果樹まで、食べ物は何でも作ることが出来る。家には鶏小屋を併設する。1人で全作業をやるとすれば時間は2時間だ。良い奥さんが居るなら、一人づつ1時間。子ども達が手伝えば、もっと楽になる。と言う事は、週末だけ、農作業をすれば、充分食べ物は自給できると言う事になる。自給は目的ではない。自給して、安心して何をするか。田んぼやお茶や大豆のほうは出来れば、共同が良い。それの方が合理性がある。日本は本当に恵まれている。こう言う事が出来るのは温暖な気候のお陰だ。水が豊富なお陰だ。今のところ、300坪の土地を手に入れるのが大変。政府の農業政策が変わることが前提だが。農地なら、小田原で1反300万で購入できるところもある。

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