樹木の力

   

最小限の家は入り口のドアが出来て、後は窓を3箇所残すだけとなった。年末までの完成予定なので、急いでいるわけではないので、ここはまだやらないで置こうと思っている。ステンドグラスにしたいと思っているが、それもまだ決めた訳ではない。未完成だがしかし、もう使い始めている。夕食を持っていて食べる。家の中があまりに暑くて、居られないのだ。犬も連れて行って、遊ばせて置けるのもいい。たぶん、舟原は山の中と言ってもいいので、涼しいはずだが、それでも今年の夏は、と言うか去年もそうだったが、暑さが強まっている。冷房のない暮らしでは少しでも涼しい方へ行きたくなる。海も遠くだが、見える。はるかに三浦半島の影もなかなかのものだ。先日の酒匂川の花火は、絶好の位置で楽しめた。以前、酒匂川の花火の日はみんなで天子台の縄文の家に集まって、楽しんだ頃を思い出した。

縄文の家は杉丸太で作ったが、栗材が本当の所か。近くにある材で何でも使ったものだろうか。杉ではないという話はそのときも出ていたが。最小限の家の材料はそこにあった檜である。檜の樹齢は切り株の年輪を数えると、60年位かと思うが、太いものは目通りで50センチぐらいある。畑の風よけに植えられたのではないかと思う。それが畑も早くに放棄され、竹薮になり、その竹薮を取り囲むように、地境の目印の木のような形で、一周取り巻いていた。上にも脇も畑をやっているのだから、日陰を作って、迷惑な木だったと思う。私が縁あって購入させてもらった以上、畑に戻すのは当然の義務だと思っていた。そこでその木を切り倒し、材にして寝かせた。檜の大木が、材になってあるのだから、当然小屋を建てることに成る。

材としては管理のされていない、南片側だけ枝の張る、癖のあるものになっている。節だらけでもある。所がこの材が壁となって張られてみると、なんとも美しいものなのだ。無節の檜板材が珍重されるが、このクセのある、年輪の姿を含め、素晴しい素材の景色になっていると思う。まだ、日焼けが足りないが、少しづつグレーの古色が付いてきている。これが又いい。そこで一つ思ったのが、この家に相応しい樹木を植えたらどうか、マゴノリさんに相談したら、桂はどうかといわれた。現在検討中である。所がそう思っていたら、ここで育ててくれと言わんばかりにケヤキか、ニレかが芽生えている。どうしようか。ケヤキと言えば、一番好きな木で、ケヤキの大木を見ると、つい触りたくなる。たぶん、私のマザーツリーなのだ。最小限の家には、お守りの看板もつける予定だ。これは直径75センチのケヤキの丸く切った板が2枚用意してある。

樹木はすごい力がある。屋久島の縄文杉は文字どうり縄文時代から生き続けている。最近スエーデンで1万年生き続けた、トウヒの仲間が見つかった。這松の様な低木で、わずかに立ちあがっているらしい。大木でないというのもまた、奥ゆかしい。このひとつの命の中に、人類の歴史などすっぽりと入ってしまう。樹木に囲まれて暮すことはとてもしっとりしていて、気持ちが落ち着く。コンクリート暮らしは、殺伐するように思うが。木は出来ればそこにあったものがいい。そして、その生えていた方向で使うと良いと聞いた。今住んでいる家は、そこまで考えて、木挽きを職業とされた方が、自分で木を集め建てた家だそうだ。昭和6年に建てたと言うから、もう80年経つ家だ。最小限の家はとても居心地のよい。森の中にいるような気持ちになれる。来年には、最小限の暮らしを体感したい人が、体験できるように進めたい。

昨日の自給作業:2時間 累計時間:5時間 暑くて農作業が遅れている。

 - 最小限の家づくり