養鶏業の先行き2
淡々と御説明されれば良いことでしょう (田蒸)と言うご意見がありました。そこで、もう少しこの事を考えて見たいと思う。確かに淡々と説明はさせてもらいました。それで終わったことであれば、いいのですが。なかなかそうも行かないのではないか。そういう不安が何時までも続いている。私が養鶏をやっている場所は、借りている土地です。2反ほどあります。10年契約で借りています。農地でありますが。標準小作料よりは、だいぶ高い価格で契約しています。それは養鶏業を続ける場合、借地で続けることは、不安があるからその分の上乗せです。農地を借りる場合、いつでも返す条件が契約に入っています。農地の性格上小作権が生じる貸借では、なかなか契約が成立しないため、行政が利用集積と言う形を提案し、安心して貸せる方法と言う事で、これで地主さんにお願いして借りております。借地での養鶏が、いつも不安な事は、ここにあります。地主さんは地域の方です。地域での養鶏業に対する不安が出てくれば、地主さんとしては、契約解除したい、ということはいつでも在り得ることです。
私の場合は、養鶏業は60歳までと考えて、やっておりますので、あと1年ですから、そうは不安はないのですが。これが始めたころであれば、不安はさらに強いものであったろうと思います。実は、農の会の友人の相原さんが、以前私の養鶏場の隣で、豚を飼う実験をさせてもらうことを、舟原自治会に申し出たことがあります。地主さんは了解してくれました。相原さんは舟原のさらに奥で、養豚のための土地の購入が進めていました。突然買って始めるというのでは、集落の人も不安であろうから、先ず、2,3頭飼って、どんな養豚か見てもらうと言う、計画であった。自治会長さんには、説明していいことだから協力すると、言ってくださり進めた。予定地も大変な苦労をして、きれいにして準備をした。正月の集まりで、突然自治会長さんが皆さんに話しをした。簡単な話の後、挙手で多数決を採った。反対となって、あっけなくやれないことになった。
今彼は、南足柄の苅野で、立派な自然養豚をやっている。舟原で出来なかった事は、今でも申し訳のないことだったと思っている。自治会で何かを決めるルールと言うものがない。突然養豚をやって良いか。と言う話が出て、充分の説明も無ければ、拒否になることは目に見えている。墓地が出来るとか、廃棄物の処分場が出来るとか。迷惑施設の建設のようなことですら、近隣住民の合意と言うことが、自治会長の承諾で済まされることがある。所が自治会での合意形成の手順が決まっていない。私が気になるのはこの点だ。地域での合意形成が、見えないところで決まるのは良くない。全てを法律に従う、と言う意味ではない。この地域のありようをみんなで話し、みんなでこの地域を作り上げていくような姿が、必要だと思うのだが、そんなことを言うと、めんどくさい奴だと言う事に、たぶん成るだろう。この地域にはこの地域の昔からのやり方があるのだ。こう言う事だろう。
鳥インフルエンザのことを説明する事は、実に困難です。農水省の検討委員会でも明確な説明が出来ないくらいです。感染原因は不明確な推測の範囲です。国連のWHOの展開予測も全く外れています。学説も様々です。新しい見解もどんどん出てきています。洞爺湖サミットなど開けないだろう、こう言った政治家すら居るのです。分からない事が差別に繋がるのは、エイズやライ病の隔離でもありました。私は大規模養鶏を止める以外に道はない。こう考えています。ヨーロッパではその方向です。日本の大勢は、むしろウインドレスの管理強化を目指しています。これをウイルス学から、免疫学に及んで、説明して、分かってもらうというのは、ちょっと無理な所があります。やるべきとも思えません。この辺が気が重くなる原因です。ただ、昔はなかった病気が何故出てきているのか。昔のように、家畜と人間が混在して暮らす事が、なぜできないのか。むしろこのあたりの事を、じっくりと話してみたいところです。
昨日の自給作業:草刈1時間 累計時間:36時間