小田原のまちづくり
一昨夜小田原ではまちづくりについての、井上ひさし氏の講演があった。ボローニャのまちづくりの話だった。バイク好きにはドゥカーティ。自動車ではランボルギーニ。絵の世界では静謐な、白い静物画の「モランディ」。日本人が何人も受賞したボローニャ国際絵本原画展。80も図書館がある街。ヨーロッパ最古の大学とされるボローニャ大学。ボローニャ大学は民衆の中から自然発生的に生まれた大学。優れた教師を探し、深き学問を求めて、ヨーロッパ中から学生が集い来り、そこに生まれた「人間の結合」。中世のボローニャ大学では、学生が教師を採用した。学びたいものが、集まり、教師を求める。これが学校の本来であり、起源。パルチザンの抵抗から始まる、ユーロコミュニズムの筋金入りの街。「チネテカ・ディ・ボローニャ」は、古いフィルムの修復・保存の本家。そして、ボローニャ映画祭。私だってそんな街に住みたい。せめて行って見たい。
井上ひさし氏の『ボローニャ紀行』にある「ボローニャ方式」は「ボローニャ精神」というものに支えられる。1つは、「自分の町を愛すること」、そして、町を愛するのは、自分たちの人生は日常にしかないと知っているから。2つ目には、「過去に学ぶこと」、未来は過去にあるとことを知っているから。小田原では城下町ホールがきっかけではあるが、このホールを作り上げてゆく過程こそ。市民が本当の意味で、小田原を自分の街にする過程であること。素晴しい講演であった。話術というものの力を感じた。さすが劇作家である。
このホールの建設審議の進め方も、一応の市民参加はあった。大半の市民にとっては知るところではなかったが、市民が参加して、検討の委員会が持たれた。そこでは、それなりの検討がなされ、答申があった。そしてそれに基づき、設計が公募され、山本何がしという会社が選ばれた。その結果、仰天の驚くべき、奇妙な建物になってしまう。この過程のどこに間違いがあったかを、精査すべきだ。市民を加えたホールの検討委員会はどのように、進められたのか。本質的な意味での深い議論はされたのか。答申の一部を読む限り、網羅的で、何でも欲しいと書いてあるように私には見える。奇妙な建物に至る、原点がこの答申にもあるように思う。市民は素人である。素人ではあるが、当事者である。市民が育てられるような、審議会になっていたのか。そうしたリードをする、専門家はいたのか。行政はどう補助していたのか。そして、市議会はどうこの答申をチェックし、審議したのか。全く行われていないと思われる。市議会議員の能力の完全な欠如は目に余るが、仕方がない。つまり、ボローニャの市民力に至るには、市民の能力がいかにも欠落している。
形式だけの市民参加方式の危険。形式を整えたが為に、かえってこの落とし穴に至らなかったか。市長の責任は大きいが、市長が音楽ホールに対する教養にかけるとしても、それは有りうる事で仕方がないことだ。行政としては市民の能力不足を感じるのだろう。専門家に任せておけ、意識がある。市民参加を、実は行政の言い逃れの「免罪符」にしていないか。難しい事は行政に任せろ。副市長は議会でこのように答弁する。本当に必要なことは、失敗をしながら「市民力を高める、仕組みつくり」ではないか。舟原で街灯を何処につけるかを決めるとする。この決め方すら、まだ市民のものになっていない。こういう原点から、どうやって市民が暮らしを自治するか。少しづつ、現実から学ぶ仕組みを作り出す必要がある。文句を言っていても何も変わらない。城下町ホールの失敗を生かし。これから決めてゆか無くてはならない。「ごみ処理広域化」で、是非とも市民力を高める。学習の機会を市民に与えて欲しい。難しい事は、行政に任せろの、副市長の発想では、何時までたっても市民はお上にお願いする、副市長の言う低いレベルから向上できないではないか。
機能の自給作業:草刈2時間 4月の累計作業時間;30時間