ごみフォーラム開催
昨日ごみフォーラム開催いたしました。50名ほどの参加でした。子ども達も含めれば、60名ぐらいでしょうか。以前子供の数を入れないで怒られたことがあります。後ろで遊んでいたわけですが。あの子ども達のどこかに種が残って、いつか、実を結ぶようになるぐらい、の気持ちでないといけないと。100名ぐらいは集めなくてはと考えていたので、その点では努力不足。しかしこの先、広域ごみの事は深刻な地域行政のテーマに、なってゆくことは確実だと思います。先ず端緒をひらたと言うことでしょう。粘り強く進めなくては成りません。横浜弁護士会の岩橋弁護士に、「広域ごみ処理に至る流れと、問題点」を話していただきました。短時間で、申し訳なかったのですが。さすがに良くまとめられていて、参加者には広域化が何故進められているかが、よく理解できたかと思います。
ごみの事は、誰しも関心はあります。しかし目を向けたくないところです。誰かがやってくれるなら、応援はするが、動き出そうという人は極めて少ないです。それが、いよいよ、最終処分場が出来てしまった。あるいは健康被害が出てきた。焼却炉の煙がどうも大変だ。こんな所まで行ってから、ごみ問題として、顕著化する。行政の方も、できるだけ目立たない形で進めようとする。どうせ迷惑施設なのだから、当事者となる地域では反対に決まっている。小田原では、この問題の深刻さが、少しづつ浸透し始めたかとおもいます。特に、久野地域ではただではすまないだろうという空気は、膨らんできていると感じます。例えば、近所の葬儀の席でも、「焼却場が、馬鹿でかい溶融炉になるって言うぞ。」と言われている人がいてハッとしました。
佐々木さんから、小田原を中心とした、ごみの現状の報告がありました。良く調べてありました。箱根、湯河原、真鶴とのごみの状況の違いが、明白です。これを一箇所に集めて、処理をするメリット。この辺をよくよく調べる必要があります。国や、県から言われるから、従うでなく。広域化すると、どんなメリットがあるのか。特にお金の事では、現在ほぼ一人1万円と言う処理料金が、増えるのか減るのか。次回は、お金から見た、ゴミ処理問題。この視点を取り上げたいと思います。小田原では借金で行う大型公共事業が相次ぎます。大変な財政の事態が起きるでしょう。本来ごみは各自がやれば、無料のものです。私は一切ごみを出さない。家族4人なので、月5千円返してください。溶融炉が出来れば、これが1万円になりそうだ。こういう人がいてもおかしくない。
ごみは民主主義学習の原点だと思います。誰しもがごみを出す。どう分担するか。何が平等なのか。だから、できる限り小さな範囲で、考えた方がいい。地域には、ごみを平気で川に投げ捨ててしまう人も、いるかもしれない。何でも燃やしてしまう人も、いるかもしれない。何の分別もしない人も、いるかもしれない。ごみを通して、暮らしそのものを、見つめなおしてゆく。これが現代の地域社会に一番必要なことだと思う。ごみを広域化して、例えば、湯河原の山の上の方で燃やしているらしい。溶融炉だから、テレビでも、タイヤでも何でも放り込めばいいらしい。分別もないし、楽になった。お金が倍になっても、内心良くなったと思う人もいる。一方、岩橋弁護士のお話にあった、カナダのように住民の努力で、ごみが半分になり、焼却が無くなる地域もある。私はそんな地域の住民に成りたい。