踏み分け道
道がどんな手順で出来るのか。興味深い物がある。古道と言うのは、案外に峠道だ。歩きやすい平野部の道ではない。平野部が、安心できないとか。川の氾濫などで、いつでも流される危険がるとか。色々の事情で、山の中に道が出来たようだ。その意味では、獣道と言うのはいつもそうで、藪の中に不思議な道が出来ると、それは猪の道だったりする。そこが歩きやすいので、つい人も歩いたかもしれない。歩いていて見て分かるのは、猪の道も林の中を斜面との折り合いで、適当に歩いている。つまり、踏み分けたぐらいで道になるのは、日陰と言う事だ。平野部の日当たりの強い場所では、草が覆ってしまい、実に歩きにくい事になる。笹薮が入ればそれはされにこんなな事になる。踏み分け道がいつの間にか道になるには、日陰伝いに歩かなければ成らない。
そんなことを思ったのは、毎朝の散歩だ。一日1往復。犬2匹と。私だけが歩く。それこそ後は獣と、たまたまの人だ。それで道らしくなっているのは冬の間だ。それこそ段々道は広がり、立派になってくる。林の中はこの季節になっても、少しも変わらない。わずかに道端に青木などが広がってきたかな。と言う程度だ。それが、林が切れると全く様子が違う。両側から、草が覆い始め、日に日に踏み分けた後は、狭まってゆく。だから、手の届く範囲で、枝を折り、草を抜きながら歩く。それでも毎日やっていれば、一応道として機能する。それでも朝方行くと足元は朝露でぐっしょりと濡れる。でも猪もやはり道を歩きたいらしく、足跡やら、掘り返したところに出くわす。猪と共同作業かと思うと、なんだか嬉しくなる。
こんな風に踏み分け道を作ると言うか、歩いていると、歌道とか、画道とか、書道とか、何にでも道をつけた本当の意味が想像される。たぶんに気の長い繰り返しを感じさせる。獣が通り、旅の人が通りすぎ、繰り返し踏んで行く土地。そこが通りやすい姿に、時間と共に変わって行き。草も生えにくくなる。いつの間にか、村人にも公認され、行き来の往来の本道になって行く。そんな風に時間が込められた形が、タオのような気がする。道教と言うものが中国にある。それは中国の民俗そのもののようだ。あらゆる習俗をひっくるめて、道教は出来ているらしい。タオというものが、宇宙と人間の根源的真理を表わすとすれば、その元が踏み分け道のイメージであることは、そう遠くない想像に思えてくる。
何か日本人は眉をしかめて、道というものを、偉そうなものにし立てて来たようだ。日常の繰り返しのことを道と言ってもいいような気がしている。暮らしの日々は踏み分け道作りのような気がする。だから方角と、行き先は決めておきたい。それは、タヌキや猪連中ともそうは違わない意識でだ。偶然鹿等に出会うと、彼らは先ずきょとんとする。家の犬も一瞬理解が出来ない顔をする。騒ぐのはその後だ。この一瞬の空白は、意識世界の空白に生き物が存在していて、その一瞬に戻ってきたような感じがする。宇宙的な世界から、俗世間のほうに降りてきたような感じを受ける。この意識下の空白感を持って、無為に、ただただ歩く事ができれば、散歩道ぐらいは出来てくる。もちろんこれは、サンポドウと読んだりしたらまずい。その道は日向には無理なのだ。林の中や、山陰にいっそりと出来て行く、暮らし道という自分の痕跡が、自分の生きている周辺に、踏み分けられている。